第12話 音羽さんとの新たな日常
奏多と約束(?)を交わしてから数日経ち、6月に入った頃。
「……お、おはよう、ご、ございます……っ!」
学校へ向かうために駅へと足を動かす途中、いつもの時間にいつもの服装をした彼女は現れる。顔を少し俯かせて上目遣い気味に挨拶しているのは、音羽さんだ。
「……あっ、おはようございます!」
……相変わらず音羽さんに挨拶される時に、ドギマギしてしまう。慣れないものかなぁ。
僕達は相合い傘の一件から、一緒に駅まで向かうようになっていた。きっかけは実に単純。あの時話したときに分かったことなんだけど、音羽さんはどうやら近くに住んでいるらしい。
そのため、降りる駅は違うけど乗り込む駅は同じなんだとか。……付きまとっていたから僕の家も乗る駅を知ってる、んだよなぁ。……付きまとっている人が音羽さんで良かった……。
そんなことを考えながら、後ろを振り向いてニコッと笑みを作り挨拶を返す。
……3メートルほど離れている彼女に向けて。
「…………」
決して自分の進むスピードが速いわけではない。その証拠に、僕が足を止めたとしても距離は常に約メートルを保っている。さらに、後ろに歩けば音羽さんも同じく後ろへ歩く。
……そう、音羽さんが人見知りが故にこんな不思議な状況になっているのだ。逃げることが不可能な場合であったからあの時は話せたが、本来はこんな感じが平常運転という。
……とはいえ、前までは男子であれば話すことすらままならない状態だったらしい。
少しくらい……本当にほんの少しだけど、気を許してくれてるのかな。
「…………あっ」
なんて経緯を思い出していると、焦りの含んだような声が聞こえてくる。
何があったんだろう、と気になりながら振り返ると、スクールバッグを覗きながら小さくため息を吐く音羽さん。
「……音羽さん? 何かあったんです?」
気になって、近付いてみると。
「……あの、筆箱を忘れ……って、ち、近っ!」
スクールバッグの中を探っていた手を止め、説明を始めながらこちらに顔を向ける。その途端、近付く僕に気付いたのか、顔を赤くしながらすり足で距離を取ろうとする。
……離れられると、何故だが悲しい気持ちになるなぁ。嫌われている、と、そう錯覚してしまっているのだろう、か。
それより筆箱……か。それなら。
「あの……一度帰って取りに行、きます……」
「あっ、僕の筆箱で良かったらどうぞ?」
「……え、いやいや。弓波さんの分が無くなるじゃ、ない、ですか?」
「僕、2つ持ってるので大丈夫です!」
弓波さん、そう呼んでくれることに少々の照れくささを感じながらも、顔に出さないようにしながら2つ目の筆箱も取り出す。
僕は、筆箱を2つに分けている。一つはシャーペンや消しゴム、定規など多用するもの。もう一つは三角定規、スティックのり、コンパスなどたまに使うもの……また、1つ目を忘れたときの予備用と。
2つ目にも一本しかないがシャーペンは入っているし、小さな消しゴムを入れてある。一日なら生き延びられるだろう。
そう考えて、2つ目の筆箱はしまう。1つ目のほうが断然使いやすいだろうし。
「……なら、お言葉に、甘えて。……あ、ありがと、う、ございます……っ」
身体は距離を取りながら(といっても大分近い)手を必死に伸ばし、僕の筆箱を受け取ろうとする。
それでも届かないぷるぷると震わせている手を見て可愛いなぁなんて心のなかで呟きながら、筆箱を渡してあげる。
「……ひゃっ!?」
「あっ、ご、ごめん!」
決して故意などではない。けど、今起こっていることは事実。……筆箱を渡す時に、手が触れてしまったという、そんな。
羞恥の引き起こす力は大きいようで、それぞれが音速で逆方向に離れる。3メートルって遠いと思っていたけど今になって考えてみると近くないか?
……遠いと思っていたのに、いざ近付こうとすれば近付けないや。
「……い、いえっ」
恥ずかしくて上ずってしまいそうな声を必死に止めるのが、このくらいの文字数でないと限界そうだった。
そして、再び距離をとり歩く。
熱くなった顔を隠そうと、顔をうつむかせる僕。顔を赤くしながら二人一緒に歩くという異様な状況は、結局長時間続くこととなるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます