第9話 電車の中で

 土曜日。あれから会えずじまいで6日の時が過ぎた。


 あれから彼女はストーキング……いや、本当はただプレゼントを渡したかったらしいのだが、その行動はなくなったため、プレゼントをくれたお礼を言えてない。


 もちろんのこと、ストーカーと誤解してしまったことを謝ることも。


 そんな僕は、今日……といってもさきほどまでのことだが、友達と遊びに出ていた。もちろん、彼女のことを忘れての行動というわけではない。


 彼女のことは、あくまで自分自身の問題に過ぎない。個人の理由で友達まで不快な気持ちにさせてはならない、とそう思った上での行動である。


 まぁ、そんなこんなで帰りである現在、電車で家へと向かっていた。


『〇〇、〇〇です。足元にお気をつけ下さい。また、駆け込み乗車は──』


 ……あと一駅、か。あと十分もすれば着くね。


 電車内に響くアナウンスを聞きながら、手すりに掴まりそんなことを考える。


 プシュ〜、と音を立てながら自動で開いていく扉を見つめていると、その扉からは思いもよらぬ人物が入ってきた。


 天使。そう感じてしまうほどきれいで、かつ僕が謝りたいと思っていた彼女だ。


 その横には天使……じゃなかった。彼女と仲よさげに話しかけている女子生徒。同じ制服を着ているから、多分友達なんだろうな。


 謝りたいところだけど……友達と話しているところだし邪魔になっちゃうよな。また日を改めて……


「…………っ!」


 今日はやめたほうがいいかと思ったのも束の間、さっきまで彼女のことを見てしまったことに気付いたのか、目があってしまった。


「……ぇっ、……と……」


 彼女は口をパクパクとさせている。


 囁くように『どうしたの?』と、隣で友達さん。彼女の変化に気付いたらしい。かと思うと、友達さんは彼女の視線を追い、僕の方を向く。


「…………ど、ども」


 とりあえず無視は良くない、とぺこりとお辞儀する。彼女は訝しむような目でこちらを覗んでいた。


「……あの、あなた、は?」


 不信に思っているのか、目を細めながらそう尋ねてくる。


 やっぱり、友達さんの反応からして僕が彼女と顔見知りであることバレちゃってるよなぁ……。二人の空間を妨害するつもりなかったとはいえ、悪いことしちゃったな……。


「えっと、弓波唯人……と言います。見知った人が乗ってきたので、思わず見てしまいました。邪魔しちゃってすいません……」


 再びぺこりと頭を下げる。


「あの……見知った、とは……って、どうしたの、柚ちゃん」


 さらに友達さんが尋ねようとすると、その友達さんの制服の袖を彼女が引っ張っていた。


 そして、彼女は友達さんの耳に口を近づけたかと思うと、ぼそぼそとなにか言い始めた。


 前にも感じたけど、やっぱり可愛い……。


 今回で言えば口を近づけるために背伸びをして一生懸命耳へと口を持っていこうとするあたりとか、でも体力がなくてぷるぷると震え始めてるところとか。さりげない仕草が、僕を……思春期男子を殺そうとしてくるように感じる。


 きっと彼女はモテモテで人気なんだろうなぁ、と、ぼーっと考えていた。


「……あっ、この人が、柚ちゃんのハンカチを拾ってあげた…………ご、ごめんなさい! 疑ってしまって……っ!」


 すると突然、彼女の友達はそんなことを言い始めた。


 そうか、彼女は今僕のことについて話してくれていたんだ。


「大丈夫ですよ。そうだ、いい忘れていましたけど…………あぁ、えーっと?」


 そういえば名前を知らないな……。女子校に通っているとしか。


「あぁ、柚ちゃんですか。音羽柚葉って言うんです」


 ──音羽柚葉。可愛らしい名前だ。


「音羽さん、あの時は言えませんでしたが、お菓子ありがとうございました」


「……ぁ……ぇ……っと」


 ボソッと呟く音羽さん。なんと言ったのか、聞き取ることができなかった。


「……え、えっと?」


「ちゃんと自分の口で言わないとだめだよ?」


 と、友達さん。


 さっきから思っていたけど……もしかして、音羽さんって人見知りなのかな? そう考えれば今までの行動も腑に落ちる。


 ……うわぁ、ストーカーと間違えてしまうだけでもいけないことなのに、さらに申し訳ないことをしちゃったってことじゃん。謝っても謝りきれない……。


「あり、がと……ぅ、ござ……ぃ……ます」


 吃りながらもお礼をする音羽さん。緊張しているのか友達さんの腕に抱きつきながら顔をカッと赤らめていた。


 正直言って、可愛いが炸裂しすぎている。


 とはいえ、そんなことを口に出しにでもしたらセクハラと訴えられかねないのでさすがに声に出しては言わないが。


「こちらこそ。……というか、ごめんなさい! 最初音羽さんのこと、ストーカーだと勘違いしてしまったんです。本当に最低なことをしてしまったと自覚しています……」


「……いや、その、だいじょうぶ、です……よ」


「ふふっ、柚ちゃん、この通り人見知りなんです。そう思うのも無理ありませんよ? 私だって、たまにそう思っちゃうこともあるし」


「……そ、そうなの!?」


「なんてね、冗談だよ〜」


「も、もぅ……」


 顔をぷく〜っと膨らませて、怒っているような体勢をしている。けれど、可愛い。その姿はさながら仲睦まじい二人の痴話喧嘩といったところか。


「ありがとうございますっ!」


 なんて優しいんだろう、音羽さんに友達さん。こんな僕を許してくれるとは。


 ……感謝してもしきれないや。


 ニコッと笑みを浮かべてそう感謝の念を伝える。


 このときの僕は知らない。


 彼女の可愛らしい笑顔が妙に頭に残っているのは、感謝の気持ちから来ているのも確かにあるけれど、また別の感情がそうさせていたことを──。


 けれどまぁ、一度も体験したことない気持ちだから、気付かないのも当然といったところだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る