次女の牡丹ちゃん。

「ねーさん、朝食を持ってきました」

 戸の向こうから次女の牡丹ぼたんちゃんがそう言って、朝食を持ってきてくれました。

 牡丹ちゃんは私より二歳下の高校三年生で、いつもクールなメガネっちゃんです。

 美少女であることは言うまでもないことですが、それに加えていつも小説を読んでいるため、学校では文学少女として大変有名らしいです。そしてもちろんモテるそうです。さすが私の妹ですね。

「置いておきますね」

 部屋の前に朝食を置いて去ろうとした牡丹ちゃんを、私は呼び止めました。

「ちょっと待って、牡丹ちゃん」

「なんですか?」

 さぞ不思議そうな声音が返ってきます。

「おねえちゃん、牡丹ちゃんの顔が見たいなー」

 私としても、妹たちと食卓を囲みたいんですけどね。原稿の締め切りが近いと、どうにも部屋に引きこもってしまって。

 私が出向けないなら向こうから来てもらおう!――そういうことです。

「しかたないですね……ねーさんはどうしようもないシスコンなんですから」

 やれやれと言いたげに牡丹ちゃんは部屋の戸を開け、高校指定の赤いブレザー制服に身を包んだ牡丹ちゃんが、その可愛らしくいとおしくあいらしい姿を見せてくれました。

 ……どれも同じような意味じゃないかって……?ニュアンスが違うじゃないですか。

 私は牡丹ちゃんに朝の挨拶をします。

「おはよう、牡丹ちゃん」

「おはようございます、ねーさん」

 牡丹ちゃんが戸を閉めつつ返してくれました。

「ぎゅー、する?」

「しません。もう子どもじゃないんですから」

 小さい頃は挨拶代わりにぎゅーっと抱きあうのが当たり前だったのに、いつの間にかその回数も減ってきているのです。お姉ちゃん離れなんて永遠にしなければいいのに……。

「ま、まぁ……ねーさんがどうしてもしたいと言うなら、してあげなくもないですが……」

 ちらちらと意味深な視線を向けて牡丹ちゃんが言いました。

 あくまで私を理由にするつもりみたいですね。

「うん。おねえちゃん、牡丹ちゃんとぎゅーしたい」

「そ、そこまで言うならしてあげます……」

 牡丹ちゃんはやぶさかではないような顔をし、メガネを外して準備万端やる気満々です。

 私は両手を大きく開きます。

「おいで」

 すると、なんということでしょう!

 牡丹ちゃんは勢いよく私の胸の中に飛びこんできたのです。

「ねーさんっ、ねーさんっ、好きっ、好きっ――」

 私への愛を隠すことなく口にしながら顔をすりすりしてきます。

 ね?可愛いでしょう?めちゃかわでしょう?

「おねえちゃんも牡丹ちゃんのこと、すっごく大好きだよ」

「えへへ~」

 牡丹ちゃんは胸の中でだらしなく口元を緩ませて言います。

「りょうおも~い」

 あらあら。十数秒前までのクールさはどこへ行ってしまったのやら。


 牡丹ちゃんが私の胸でごろごろすりすりと猫のように甘えているときでした。

 ノックもなしに部屋の戸が外側から開かれたのです。

 牡丹ちゃんは忍者もびっくりな素早さで私から離れ、何事もなかったかのようにメガネをかけて闖入者ちんにゅうしゃめつけます。こらこら。

「部屋に入るときはノックをするようにといつも言っているでしょう?」

 私との甘いひと時を邪魔された牡丹ちゃんは激おこです。

 くだんの闖入者――葵羽あおはちゃんは悪びれる様子もなく頭の後ろで両手を合わせて言いました。

「うざ。牡丹が戻ってこないから様子見に来ただけじゃん」

 葵羽ちゃんは反抗期に突入しているようで、最近はいつもこんな感じなんです。おねえちゃんショック。

「あねき、さっさとメシ食えよー」

「心配してくれてありがとね、葵羽ちゃん」

「べ、別に心配なんてしてねーしっ!?勘違いすんなよなっ!?」

 葵羽ちゃんはわかりやすいツンデレを披露して、逃げるように去ってしまいました。

「ねーさんすみません。葵羽にはきつく言っておきます」

 牡丹ちゃんが心底申し訳なさそうに謝罪してきました。

 姉妹なのだから、そこまで気にしなくていいといつも言っているんですけどね。

「あまり叱りすぎないようにね。おねえちゃん、みんながケンカしているところ、見たくないからね?」

「はい。わたしも葵羽も、ねーさんを悲しませるようなことはしませんよ。もちろん他のみんなも」

 牡丹ちゃん、なんていいなの……!!!

「では、わたしは学校がありますので」

「うん。頑張ってね」

「ねーさんも。頑張ってください」

 牡丹ちゃんは律儀に頭を九十度下げてから、部屋から出ていきました。

 いいなんだけど、マジメすぎる節があるのは心配なんだよねー。

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