第25話 うわー。なんか眩しい。

 ナオさんは数日の思案の末、「スーツをプレゼントしたい」と言ってくれた。これから公私含めてフォーマルな席で着る質が良いダークスーツを持っておいた方が良いということだ。

 ナオさんが贔屓にしている出丸百貨店へ週末足を運び、8階の紳士服売り場を一通り周る。結局、予め候補の1つであった「ブルックスブラザーズ」のテナントでお世話になることになった。理由はシンプルで、眼鏡をかけた年配の男性店員がいきなり営業トークではなく、「お祝いですか?おめでとうございます」と声をかけてくれて、感じが良かったからだ。実際、若い夫婦やカップルが来る時は良いお話の事が多いらしい。

 オーダーと吊るしとどちらにするか若干悩んだが、吊るしで丈とウエストだけ補正してもらうことにした。ダイヤモンドの価値やデザインは時間が経ってもあまり変わらないが、スーツは経年劣化するし、デザインの流行り廃りもある。

 「プレゼントなんだから遠慮せずに思い切った買い物をしても良いのに。」

 「嬉しいですけど、式や旅行にもお金をかけた方が良いですよ。」

 「そうかもしれないけどさ。全然婚約指輪のお返しにならないじゃん。…じゃあ私、旅行もプレゼントするね。」

 「ははは、ありがとうございます。スーツ大切にしますね。」スーツはお直しが出来次第連絡をもらい、後日取りに行くことになった。


 帰り道、駅の本屋に立ち寄ると平積みされている「ゼクシィ」が目に入った。式場選びやドレスの事もあるので、ナオさんも絶対気になっているはずだが何故か手に取ろうとしない。

 「買わないんですか?」

 「えっ、あー、ほらアラサー女が年下彼氏とのデートでゼクシィを買うのって、何か恥ずかしくない?ネットで買おうかな。」

 「誰もナオさんの年齢や、どちらが年上かなんて分からないし、気にしていませんって。」

 「ホントに?」

 「本当です。要りますよね。俺が買ってきます。」一冊手に取り、レジで購入した。支払いが終わった俺にナオさんは「ありがとう」と小さな声で言ってくれた。時々面倒くさい人だ。

 「かさばるし重いね。」

 「俺が持ちますよ。一生に一度しか買わないんだし、まあ半分記念みたいなものですね。」

 「来月号は買わないの?」

 「え、こういうのって毎月買う物なんですか?」俺は知らなかった。

 「ウッソー。ははは。」ナオさんは俺をからかって笑っている。


 少し早い夕食後にテーブルでゼクシィを二人で見てみる。

 「うわー。なんか眩しい。」ナオさんは分厚い本をめくりながら素朴な感想をもらした。基本的には結婚前の幸せな二人が見るはずの本で、式場、ドレス、結婚指輪と内容は明るい未来と希望に溢れたものばかりだ。それをナオさんは眩しいと表現した。

 「ナオさん、結婚式や披露宴をどうしようと思っていますか?」

 「うーん、私は式や披露宴はやらなくていいと思っている。でも、ドレスは着てみたいし、節目で記録も残したいからフォトウェディングって言うんだっけ?写真だけは撮りたい。ユウジ君は?」

 「ナオさんが写真が良いならそれで良いですよ。こういうのは女性が主役ですから。場所は決めているんですか?」

 「ううん、これから。」

 式場は地区ごとにホテルや所謂式場、神社仏閣まで半ページか1ページ使って紹介されている。どれも綺麗なチャペルや庭園、印象的な内装の式場やエントランスの写真が掲載されている。中には建物や風景だけではなくドレス姿の女性とタキシード姿の男性のペアや、純白のウェディングドレスを着た女性が単独で幸せそうな笑顔で写っているものもあった。

 「ここのチャペルのステンドグラス綺麗ねー。このモデルさんも可愛い」とナオさんが見せてくれたのは、ホテルに併設のチャペルと宴会場の紹介ページだった。驚いたのはそのモデルが俺に夢のような時間を与えてくれたあの女だったことだ。確かにモデルや芸能人の卵も所属しているとは聞いていたが、意外と身近な、誰でも手に取れる雑誌に出ていてビックリした。

 「ナオさんはチャペルがいいんですか?」動揺がバレないように会話を続ける。

 「うーん、まあ教会で純白のドレスっていうのは夢と言えば夢だね。うち仏教徒だけどさ。…それより、この人知り合いなの?」あの女を指して聞かれた。さすが勘がいい。

 「いえ、確かに可愛い人だな~と思っただけです。」

 「実は元カノでしたぁー。とか…」ナオさんがからかう様に聞いてくる。

 「そんな訳ないじゃないですか。」

 「他のモデルさんも綺麗だったり可愛かったりだけど、何かこの子は華があるって言うか、輝いて見えるね。男の人ってこういう女性を見ると「一発やりてぇ」って思うものなの?」

 「もー、そんな言葉をよそで使わないでくださいよ。…でもどうでしょう。思ったとしても中々そんな女性とお近づきになる機会は無いし、目の前にいたとしても変に遠慮しちゃって、手を出せないですよ。」

 「ふーん。」

 「恥ずかしいことを言いますけど、俺にとってはナオさんが輝いて見える女性ですよ。特に、綺麗な声で流れるようなプレゼンしている時のナオさんは最高に輝いています。」

 「お世辞でもありがとう。まぁユウジ君は私に手を出したけどね。ははは。」

 「あれはナオさんから誘ってくれたんじゃないですか。途中で「調子に乗るな」って怒られたらどうしようとビクビクしながらだったんですよ。」

 「そうだったね。私をちゃんと受け止めてくれて、好きになってくれた。…本、まだ途中だけどする?」

 「はい。」

 「おいで。」


 セックスは突き詰めれば自分のモノを女性のアソコに入れて射精することだ。その過程で雰囲気づくりをしたり、キスをしたり、愛撫したりして、最後は入れるのだが、一人一人体型や性格が違うように、相手の女性によって感じ方や気持ちよさも全く異なる。だから結局やる事は同じなのに飽きないのだ。

 幸い、今までにナオさん以外にも色々な女性とも関係を持つことができた。肌は柔らかいが締まりがゆるい女、細くて華奢で肌がカサカサな女、剛毛でアソコの匂いが少し強い女もいた。それでも抱いて、興奮して、射精してきたのだが、自慰の延長のようなセックスと彼女との愛情があるセックスでは精神的満足に段違いの差がある。こちらから求め、相手からも求められるセックスでは物理的な刺激は似ていても満足度が高い。憧れの女性とならば言うまでもない。ちなみにナオさんは運動好きでよく体を動かすからか締まりも良い。精神的な満足度はもちろん、物理的な刺激も最高だ。

 また、興奮の種類も違う。可愛い、綺麗と思った女性と出会って数時間後にするのと、出会って恋愛関係になってからするのとでは違うのだ。例えば、たまたま駅で同じ電車待ちの列に並んでいた女、たまたまコンビニですれ違った女、たまたま入ったカフェで隣に座った女など、ふと可愛いと思い、ナオさんが言うように「一発やりてぇ」と思えるような女を抱けるとすれば興奮するだろう。金銭的に困っているのか、未知の世界を経験するためなのか、単に寂しさを紛らわせるためなのか、バックグラウンドは知らない。ただ、外形的に好みの女が従順に為されるがまま俺に身体を許してくれるのだとしたら、乗らない手は無いだろう。初対面にも関わらず親友のように馴れ馴れしく、楽しそうに股を開く女。ガチガチに緊張して躊躇いながらも、最後は観念したように股を開く女と色々いたが、時間と手間をすっ飛ばして性処理に及ぶ即物的な関係でも興奮はする。一度きりかもしれないし、数回続くかもしれない女を征服するのは、百貨店の一流ショコラティエで美味しそうな新商品を買うような感覚に近い。甘美なチョコを一口食べれば、刹那、欲望を満たしてくれる。

 恋愛関係になった女性を抱くのはまた異なる。学校や職場でその女性と接し、同じ時間を過ごす中で何となく気になるようになり、何とか接点を持って色々と知るようになり、デートを重ねながら恋愛関係を育む。この女性を抱くのはもちろん興奮する。好きになった女性と心が通じ合い、セックスに至った達成感、相手からも愛情が返ってくる充実感、浮気や不倫をしていないという意味で俺だけという独占感、色々複合的に混ざり合って高い興奮が得られる。自分で材料を買いそろえて調理し、じっくりコトコト煮込んだカレーを食べるような感覚だ。必ずしも高い食材ばかりではないから自分で味付けを変えることもできて失敗することが無いし、何度でも自分で同じ味を再現して味わうこともできる。


 全裸でナオさんとキスや愛撫をし合っている。お互いに気持ちいいポイントややり方を知っているから、会話をしながらでも考え事をしながらでも愛し合える。ナオさんは覆いかぶさり上からキスをする俺に言う。

 「ユウジ君、目を開けて。ユウジ君はキスの時にすぐ目を閉じちゃうね。」

 「え、キスの時って目を開けているんですか?」

 「今まで言わなかったけど、私は基本的に開けていて、ずっとユウジ君を見ているわよ。」

 「目を開けてするのって恥ずかしくないですか。」

 「ユウジ君も私を見てよ。もし仮に目を閉じて他の女性の事を考えているんだとしたら、私は嫌だ。それが例えテレビに出ている女優でも、雑誌のモデルでも、ユウジ君の元カノでも、絶対に嫌だ。」少し怒っているような表情だ。

 「また急に不安になったんですか?」

 「不安って言うか、女の勘。雑誌の子、本当は何かあるんでしょ?ユウジ君の様子が変だったもん。」

 「ははは、本当に何もないですって。」

 「後ろめたい事が無いなら目を開けたままキスして、「ナオ」って私の名前を呼びながら抱いてよ。」

 「いいですよ。…ナオ、大好きだよ。」目を開けたままナオさんと唇を重ねた後、ナオさんの口の中に自分の舌を滑り込ませて舌を絡め合う。

 「もっと。もっと私を見ながらして。」

 「ナオ。」近すぎて焦点が合わずにぼやけて見えるが、確かにナオさんも目を開けたままだ。視界から外れているが鼻を膨らませながら必死に唾液たっぷりの舌を俺に伸ばして来ているのが分かる。荒い鼻息、口腔から舌が外れた時に感じる舌のヌメリと唾液の匂いが物語っている。

 「はぁはぁ、ちゃんと私の事だけを考えている?私の事が好きなんでしょ。ほら、私の胸やアソコもユウジ君だったら好きにしていいんだよ。」

 「ナオ、綺麗だよ。」俺の口に下から再度吸いつこうとするナオさんを無理やり引き離し、ナオさんの胸を揉み、乳首を甘噛みする。

 「イテ。」少し痛そうに顔をしかめたが、噛む加減を調整するとすぐにトロンとした表情に戻った。ナオさんはしばらく乳首の新しい刺激を楽しんだ後、上半身を起こして後ろに手を着き、股をゆったり開いて自信に満ちた表情で「入れて」と要求してきた。

 俺はすぐに小物入れからゴムを取り出して装着すると、ナオさんは俺のモノに手を伸ばしてギュッと握り、なぜか俺の目を見ながらまるで浮気相手の女に言うように「ユウジ君は私のなんだから。他の女に絶対渡さないし、一瞬たりとも貸してあげない。」と啖呵を切った。

 「ははは、ありがとう。…入れるね。」かわいく頷くナオさんの濡れたアソコにゆっくりと入れる。

 「ユウジ君にとっても私一人だけだよね?急にいなくなったり、他の女も抱たりして裏切らないよね。」

 「ナオだけだよ。俺達、結婚するんだよ。」

 「そうだよね。ユウジ君からプロポーズしてくれたし、ユウジ君の両親も認めてくれたもん。」

 「どんなに若い子が現れても、どんなに可愛い子が現れても、私が世界一ユウジ君を好きだって自信がある。私を選んでくれたことを絶対に後悔させないから。だからお願い、ユウジ君も私だけの人になって。」

 「もうなってるよ。」俺が笑顔で伝えると、俺の言葉に安心したのか、これだけ言えば大丈夫だと自分に言い聞かせたのか、吐息と控えめな喘ぎ声が漏れるだけになり、しばらくした後、俺の二の腕を握りしめながらナオさんは果てた。


 思いがけずあの女を見て動揺した俺にナオさんは良からぬことを察したようだ。浮気を疑って叱責してくるかと思えば、「私だけを見て」と懇願してきたのだ。他の女の影が少しでも見えるとナオさんは酷く脆い。不安になり、取り乱す。欲しくても長い間彼氏ができなかった苛立ちと欲求不満、言い寄ってきた男に裏切られてきた屈辱、男の愛情や温もりをほとんど知らない孤独がナオさんをそうさせているのかもしれない。

 体を張ってやっとできた俺と言う彼氏であり婚約者を誰にも横取りされないようにと、時には機嫌を損ねないように注意深く探りを入れ、時には泣き、時には懇願してくるナオさんの姿が少し痛々しい。俺はナオさんが好きだが、ナオさんの方が俺を好きで手放すまいとする気持ちが強そうだ。まだ油断は禁物だが、俺自身や俺の母親が心配したような職場でも家でも俺がナオさんの尻に敷かれるということは無いのかもしれない。

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