第24話 「欲しい」って言ってくれたじゃん。

 父親からメールが来ている。今日11時に駅ビル近くのウナギ料理店で待っているとのことだ。父親の名前で個室を予約しているらしい。


 ナオさんは昨日百貨店で買った大人っぽいワンピースと、昨日と同じパンプスと鞄で臨む。いつも通り前髪を左に流すのは同じだが、ハーフアップにして後ろに小さなアレンジを作り、髪型も少し変化を持たせたようだ。

 「もう一度チャンスを貰えたんだから頑張らなきゃ。」ナオさんは姿見鏡に夢中だ。

 「そう気合を入れなくても。」俺はチェックアウト前に忘れ物がないか部屋の中をチェックする。

 「ねえ、私クマができているの分かる?」

 「え、クマですか。」ナオさんの顔を覗き込む。メイクをしていることもあり、クマは目立たない。

 「昨日、緊張してあまり寝れなかったから…。老けて見えたらどうしよう。」

 「ああ、でも言われてみればってくらいですよ。」

 「ホント?気にしすぎかなぁ。」ナオさんは目元をマッサージし始める。

 「昨日、寝れなかったんですか?言ってくれればよかったのに。」

 「うん、途中で目が覚めてずっと起きてた。」

 「実家に引き籠るとか変な事を考えてないですよね。」

 「考えまいと思っても頭の中に考えが浮かんでくるんだよ。」ナオさんがしょんぼりして、また泣くかもしれない。

 「二人で駆け落ちでもしますか。」冗談ぽく言ってみる。

 「えっ、ユウジ君はいいの?ユウジ君は何も悪くないんだよ。」

 「いいですよ。今日ダメだった時の選択肢の一つとして考えてみましょうよ。でも、まずは今日の昼食会でベストを尽くしましょう。」

 「そうだね。少し元気が出たよ。…クマどう?消えた?」ナオさんがこちらを向き、俺の顔を見上げてくる。

 「う~ん、あんまり変わってないです。」目元マッサージの効果は無かった。ナオさんは少し笑って俺に口づけをした後、リップを塗った。


 チェックアウト後、ホテルに荷物を預かってもらい、指定のお店へ向かう。ウナギ料理屋の入口で店員さんに声をかけると、「刈谷様ですね、お連れ様がお待ちです。こちらへどうぞ」と店の奥の個室へ案内してくれた。父親と母親がテーブルに座って、緑茶をすすっていた。

 「お待せしました。遅かった?」部屋に入りながら親に声をかける。

 「まだ11時前だ。俺達が早かったんだ。さあ、座って。」

 「おはようございます。失礼します。」ナオさんは緊張しながらも努めて元気に振舞った。

 「東京に帰る前に引き留めて悪かったね、半田さん。」

 「いえ、また一緒にお話しできて嬉しいです。」

 一通り世間話が済み、先付けが運ばれた後、父親が母親を促す。

 「ほら、母さん。半田さんに伝えたい事があるんだろ。」

 「半田さん、…昨日は声を荒げてゴメンね。気を悪くしたでしょ。長男を大事に思うあまりに強く当たっちゃったの。言い過ぎだったわ、ゴメンね。」

 「いえ、ユウジさんがご家族にも大事にされているんだと改めて感じました。私もユウジさんを支えて、大事にして、二人であたたかい家庭を作りたいと思います。」

 「俺からも母さんを叱ったんだ。半田さんが家に寄りつかなくなる。孫ができても抱かせてもらえないぞって。」父親が場を和まそうと冗談を言う。

 「そんな。是非またお邪魔したいと思います。気に入っていただけたお菓子を持って。」ナオさんが優しく微笑む。

 「ああ、良かったわ。」母親が胸をなでおろす。

 「じゃあ、半田さん。改めて気持ちを聞かせてくれるかな。」

 「はい。」ナオさんが席を立ち上がり、ワンピースの裾を少し直した後、口上を述べる。

 「至らない私ですが、ユウジさんと真剣にお付き合いをさせていただき、彼からプロポーズをしていただけました。私もユウジさんと結婚したいと思っています。ユウジさんとの結婚をお許しいただき、お父様、お母様とも末永いお付き合いをさせていただけるとありがたいです。よろしくお願いします。」

 「こちらこそユウジをよろしくお願いします。」父親と母親も席を立ち、深々とナオさんへ頭を下げた。

 この後は和やかにウナギに舌鼓を打った。テンポよく料理が運ばれて御飯物はひつまぶしだったが、ナオさんは初めてだったらしく「美味しい。味を変えながら楽しめるのが良いですね」と満足そうだった。

 「今度は半田さんのご両親と顔合わせかな。」父親が両家の顔合わせを気にする。

 「そうだね。また調整して連絡するよ。博多と名古屋の間を取って大阪あたりで良いかな。」

 「こちらから博多に行こうか?俺も母さんも行ったことがないし。」

 「いえいえ、私もうちの親も恐縮します。」

 「そうか、じゃあ二人に任せるよ。また連絡をして。」

 おおよそ2時間の会食を終えて、ホテルの荷物を引き取り、予定通りの新幹線で東京へ帰ることができた。帰りの新幹線の中でナオさんは、安心したのか俺の肩にもたれてぐっすり眠った。彼女や嫁がもたれかかって寝てくれるのは男にとって一度は経験したい事の一つだが、想像していたのと1つ違っていた点は、ナオさんの座高が低くて俺が椅子に浅く座らないと、ナオさん頭が俺の肩に乗らないことだ。ナオさんは寝不足で寝顔も気にせず爆睡している。美人で仕事もできるナオさんに少し抜けているところがある。そこが可愛い。

 荷物が大きいので東京駅に着いてからはタクシーで帰る。途中、ナオさんを荻窪駅近くで下ろして、俺は自分の家まで帰った。


 後日、ナオさんから博多の実家に電話をしてもらい、互いの親に結婚を許してもらえたこと、両家の顔合わせをしたいことを伝えてもらった。ナオさんのご両親も「刈谷さんに博多に来てもらうのは申し訳ない。大阪にしよう」と言ってくれたようだ。

 また、ナオさんは両親に「婚約指輪のお返しはしたの?」と聞かれて、「何それ?」と答えたらこっぴどく怒られたらしい。「顔合わせまでに何かお返しをしなさい。じゃないと恥ずかしくて刈谷さんのご両親に顔向けできない」と言われたようだ。俺は「お気遣いなく。今時お返し無しも多いようですよ」と言ってみたが、また俺の母親に怒られでもしたら大変だからと、お返しをしてくれることになった。


 波乱万丈のゴールデンウィークが終わり、仕事の日常が戻ってきた。ナオさんが週の半ばで俺の部屋に来て、土曜か日曜かのお昼にナオさんが自分の部屋に戻る生活だ。入浴後まったりテーブルで寛ぎながら話す。

 「ユウジ君、お返しは何が良い?欲しい物ある?」

 「いえ、特に。…強いて言えば、毎日ナオさんの身体が欲しいです。」

 「バカ。一緒に寝る日はほぼ毎日してるじゃない。」

 「ナオさんは要らないんですか。」

 「う~ん、毎日じゃなくてもいいかな。特にムラムラしていない日でもユウジ君と遊んでたらしたくなる時もあるけど、次の日が疲れるとか考えちゃう。」

 「そうなんだ。あんまり意識したこと無かったけど、俺の方がおかしいのかな?性欲が強いとか。」

 「どうだろう。私、ユウジ君以外の男性経験がほとんどないから分からないよ。」ナオさんが一旦言葉を切った後、思いついたように話す。

 「じゃあさあ、妊活も視野に入れて“Yes・No枕”みたいなの作ろうか?Noの時は諦めてもらうけど、Yesの時は絶対やってもらうわよ。」

 「ははは。Yesの時は絶対なんですか。」

 「そうだよ。夜遅くても、疲れていても、その日はエッチ最優先。しかもユウジ君は無駄撃ち禁止で私の中じゃなきゃ出しちゃダメなんだよ。」

 「ははは、俺頑張らなきゃ。」

 「子供欲しいんだから協力してよ。ユウジ君も「欲しい」って言ってくれたじゃん。へへへ。」

 「そうですね。…何でYes・No分けますか?ナオさんはたくさん下着を持っているから、可愛い下着の時はYesで、ベージュ下着の時はNoとか。」

 「Yes・Noショーツ?ははははは、可笑しい。変な事を言うから笑いが止まらないじゃない。」ナオさんのツボにはまったようだ。ひとしきり笑った後、

 「いいわよ。あんまりベージュの下着を持ってないけど地味な色やデザインの時と、生理用のもNoね。」

 「俺のYes・Noはどうしよう。」

 「ユウジ君は要らないじゃない。毎日Yesなんでしょ。」ナオさんが笑いながらツッコミを入れる。

 「そうなんですけどね。…ちなみに今日はどんなショーツなんですか?」

 「こっちに見においでよ。」ナオさんが俺の方に足を延ばして不敵に笑っている。パジャマの腰ひもを緩めてゆっくり引っ張るとフリルが付いたピンクのショーツが出てきた。

 「Yes、ですよね。」ナオさんを軽く押し倒しながら聞くと、

 「どうぞ。…ユウジ君のおかげで一人エッチする暇もないよ。」ナオさんは俺の首に手を回しながら笑ってる。

 「一人でする方が気持ちいいんですか?」ナオさんの指に負ける訳にはいかない。パジャマの代わりのTシャツをまくり上げて美乳を刺激する。

 「違うわよ。付き合うまで、去年までは結構していたのに、誰かさんのおかげで約5ヶ月間まったくしなくなった。……ゴメン、聞かなかったことにして。」急に恥ずかしそうに顔を背ける。

 「ナオさんもエッチじゃないですか。」

 「やだ、違うもん。忘れてよ、恥ずかしい。」ナオさんは両手で顔を隠す。

 「いいじゃないですか。俺とのエッチで気持ち良くなってくれているってことでしょ。」

 「そうだけど、一人で慰めてばかりだった残念な女って思わなかった?」

 「思いませんよ。俺もナオさんと付き合うまで一人で処理してたし、みんなやってますって。」

 「へへへ、じゃあ今日も気持ちよくしてよ。」

 「わかりました。」二人で愛し合った。

 回数を数えるような野暮なことはしていないが、おそらくナオさんと100回以上セックスをしてきた。今でも二人同時に一緒にイクことができるのは稀だ。大体はナオさんがクンニかセックスで先にイってから俺がイく。俺がイけなかったことは無いが、ナオさんよりも俺の方が早かったり、ナオさんの気分が最後まで盛り上がらなかった時は俺一人だけイって終わることがある。そんな時でもナオさんは「気持ち良かったよ。幸せだよ」、「ちゃんとユウジ君の愛情を感じるよ」と言ってくれる。申し訳なく思う半分、ナオさんと一緒になれて良かったと心底思える。ナオさんのYesこれが俺の欲しいものだ。

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