第385話 バブルカー
「ふふふっ、やったわね」
後部座席で嬉しそうに言うのは昴だ。
先ほど、無事に取引を成功させ、嬉しそうにしている。
「ご機嫌だね」
「わかる? メイフラワーに一泡吹かせてやったわ」
「取引相手じゃないの?」
島津は鎖国していた皇国に海外の最新製品や技術を購入し輸入する事で発展した。
メイフラワーは一番の取引先であり悪し様に言うことは無い。
「確かに取引先だけど、いつも気持ちよく取引している訳ではないの。あからさまに未開の野蛮人の様に見られることが多いのよ」
先進国は自分達以外の国を未開国と見て、見下す事が多い。
自分達が一番で他は下、各国の文化など、いつもの日常に刺激をもたらすエンターテイメントの一つのような感じた。
笑いの対象であり、経緯も無い。
昴も父親に連れられてメイフラワーへ行ったことがあるが、着物を着て彼らの前に出たとき、彼らの目は美しさへの憧憬ではなく、目ざるらしい玩具か服を着た猿を見るような視線だった。
それが、昴にはこの上なく不愉快だった。
何年も覚えているほどに。
「すかっとしたわ」
逆襲できたことに喜びを感じているのだろう。
「というわけでこれから美味しいレストランで祝勝会よ」
「分かりましたお姫様」
「でも、おかしな車ね」
「新しく作った車だよ」
「何で、こんな形になっているの」
「エンジンの出力が小さくてこうなった」
二人が乗っているのは第二次大戦後にメッサーシュミットが作ったキャビンスクーター、バブルカーであるKR200を元に作った島津の新車<うたかた>だ。
前輪二輪、後輪一輪の三輪車。
小型のデファレンシャルギアを作る能力が島津にはいまだないので、後輪をエンジンで直接回す形になっている。
エンジンも非力で二サイクル一気筒エンジンしか積んでおらず非力なので重量が増えるギアや車体にすることは出来ない。
イセッタを真似した前作が車内が狭いのでもう少し余裕を持たせようと、メッサーシュミットにした。
スライド式のキャノピーにしようかと思ったが、整備の時、後ろのエンジンカバーを外すのが困難なので、オリジナルと同じように、右にキャノピーを開く方式となっている。
「二人乗りで縦に並べるのよ。一緒に座れないでしょ」
「何か言った?」
「いいえ、なんでもない」
昴ははぐらかすように言った。
前の方は二人乗りでも座席が並列で都合が良いことに狭くて密着できた。
だが、これは縦に二席なので広いが席が離れている。
それが不満だった。
「って、揺らさないでよ」
「ゴメン、ハンドルが敏感なんだ」
W型のハンドルは、少し動かしただけで、前輪が大きく動く。
少し後ろを振り返った動きだけでハンドルが回ってしまい車を揺らしてしまった。
ここは普通のハンドルにしておけば良かったと忠弥は思う。
「今からでも変更した方が良いかな」
「車の設計から直したら? いっそ本格的に四輪を作ったら?」
「そうだね」
航空機と自動車の製造技術は驚くほど似ている。
特に小型エンジンは、似ている。
航空機のために自動車を作っている。
今のところ小型車だけだが、今度は本格的に四輪車に進出して良いと思う。
「あんまりッ不景気な顔をしないでよ。これから楽しい祝勝会なんだし」
「浮かれすぎて、相手を怒らせないか心配だよ」
「向こうが散々失礼してきたのよ。精々私と同じ惨めな気分になると良いわ」
「それが心配だよ」
転生前に虐めにあった忠弥から言わせると、虐めている奴は虐めているという認識は無い。遊びでやっている、楽しいからやっているだけだ。
で、遊び道具がいきなり手を出してくるなど、危険であってはならないことであり、不愉快なことだ。それは正さなければならない、という馬鹿げた義務感むき出しで仕返しにやってくる。
忠弥が考え込んでいると、右の路地から突如、トラックが飛び出してきて、道路を塞いだ。
「!」
慌てて忠弥はブレーキを踏み急停車する。
同時にトラックから数発の銃弾が、車の周りに降り注ぐ。
「きゃあっ!」
昴の悲鳴と共に車は止まり、トラックから銃を持った男達が降りてきた。
「何なのよ」
「仕返しに来たみたいだね」
銃を持ってくるのは大人げない、と思う。
「エンジンを止めて車から降りてこい!」
誘拐して、脅迫するつもりなのだろう。
忠弥は、キーを左に回してエンジンを止めた。
「忠弥! あんな連中に従うの!」
忠弥が降りようとしている、と思った昴は抗議の声を上げた。
「まさか、あんな連中に従う気なんてない」
忠弥はキーを押し込むと右に回し、エンジンを掛けた。
そしてエンジンが逆回転で掛かると、クラッチを入れて後退した。
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