第383話 大恐慌と契約のチャンス
「メイフラワー合衆国の株価が暴落!」
ラジオのニュースを聞いた昴は立ち上がって叫んだ。
「何か問題なの?」
「大問題よ!」
暢気な忠弥に昴は大声で説明する。
「今の株価の急上昇は大戦で大儲けした企業の利益が入り込んでいるの。それで株価が上昇して儲かると分かったところに、復員した人達の従軍手当などが入ってきているの。大量の資金が入り、配当で得たお金が更に入り込んで上昇している」
「それは良いことじゃないの」
「それが下落したのよ。今まで下がったことがないの。それが下がった。まだ下がると思って売り払う人が出てくるわ。つまり株価が下がる。普通の会社も資金を得られないから経済が不景気になるわ」
「メイフラワー合衆国の事だよね」
「今の家電の販売先、何処か分かっている? メイフラワー合衆国が殆どよ。国内も増えているけど、売り込み先の殆どはメイフラワー合衆国。外貨を稼ぐ必要があったから売っているけど、不景気になったら売れないわ」
「そんなに問題ないでしょう。他に売り込めば。例えば旧大陸の方に売り込めば」
「彼らの収入はハイデルベルクからの賠償金よ。で、ハイデルベルクは賠償金をメイフラワー合衆国からの投資で得ているの。けど、今回の暴落と不景気でハイデルベルクへの投資は不可能。支払いは滞り、旧大陸諸国も不景気になるわ」
「じゃあ」
「未曾有の不景気になるわ。世界中を覆い尽くす程の不況よ」
世界恐慌と同じ構造だった。
地球の1920年代は大戦が終わり、軍用機が放出され様々な航空機の大会やレースが行われた。
この間に航空技術は着々と進んでいった。
しかし世界恐慌で終止符が打たれてしまった。
航空業界は旅客と貨物の輸送業の為、世間の経済に影響を受けやすい。
不況になれば新型機の開発も滞る。
「すぐに帰って対策を練らないと危険ね。さあ早く帰るわよ」
「分かったからそんなに押さないで。押したところで船はすぐに出港しないよ」
慌ただしく昴と昴に背中を押された忠弥は隅田丸へ乗り込む。
隅田丸は暫くして出港し時速二〇ノット――三六キロのスピードで洋上を航行する。
飛行船は時速一〇〇キロ以上の速度が出せるから三分の一程度しかない。
「じれったいな」
船のデッキに出た忠弥は呟く。
飛行機のスピードになれた忠弥には遅く感じる。
「慌てないの。これ以外に早く着ける方法なんてないんだから」
ビーチチェアに横たわる昴が忠弥を窘めた。
「操縦桿を握らないと落ち着かないんだよ」
「本当に飛行機狂いね」
「今からでも上の飛行機を飛ばして……」
「ダメ! あれは一回しか出せないでしょ。荒い外洋にどうやって着水する気なの」
「分かっているけどさ。このところ飛行機を飛ばしていない」
出張で飛行船に乗ったが、操縦しているわけではなかった。
飛びたいばかりに自分で飛行機を作った忠弥としてはこんなに長時間飛行機を操れないのは拷問に等しい。
暇を見つけてはラプラタ郊外の飛行場で汎用の複葉機やハイデルベルクが作ったグライダーを飛ばしたりしたが物足りない。
「ああ、最先端の飛行機を作りたい」
家電に力を入れていたこともあり、飛行機の開発から遠ざかっており、半ば禁断症状が出ていた。
「六日もあれば到着するわ。ウチの船は定時運行が基本だから遅れることはないわ」
「それでも待ちきれないよ」
二人が話していると船のボーイが二人の元へやって来た。
「失礼します。島津昴様ですか?」
「ええ、そうですけど」
「只今、電信が入りました。こちらです」
「ありがとう」
昴はボーイにチップとウィンクをしてお礼を言う。
美女に成長しつつある昴は魅力的で、自分たちより年下のボーイは顔を赤らめて戻っていった。
「あまり揶揄うなよ」
「あら? 焼いているの」
昴の質問に忠弥は口を尖らせ黙り込んだ。
その様子を昴は面白そうに見たあと、電文を読んだ。
そして、目を大きく見開いた。
「なんてこと」
「どうしたの?」
「アルヘンティーナの鉱山会社がメイフラワー合衆国の会社との取引がなくなったのよ」
「それで」
「代わりに私たちへ鉱物を輸出しても良いそうよ」
「それは良かった」
「けど、他にも応募している会社があるみたい。一週間以内に契約しなければよそと契約するって」
「急だね」
「鉱山会社も資金繰りが厳しいみたいなの。すぐに入金しないと倒産して操業停止よ」
「不味いね」
「ええ、どうにかして戻らないといけないんだけど」
「でも戻っても出来る事なんて無いよ。金もないし」
その時新たな電報がやって来た。
素早く読むと昴はニンマリとした。
「寧音がやってくれたわ。暴落前にメイフラワー合衆国で大型契約を結んで、即刻入金させたようだわ。外貨が溢れるほどあるわ」
「契約破棄されない?」
「その時は違約金が追加で入るから願ってもないわ。お金は出来たわ。あとはアルヘンティーナで契約を結ぶだけなんだけど」
既に船は出港してしまった。
皇国に到着するのは六日後。それから飛行船に乗っても三日はかかるので期日を超えてしまう。
飛行機でも無事に行けるか怪しい。
「どうしましょう」
せっかくのチャンスに対応出来ず昴は慌てた。
「なに、引き返せば良い」
「定期船を私の都合で引き返せるわけないじゃない。定時から遅れたら、お客様や荷主から今後の信頼を失うわ」
「すぐに帰れる方法がこの船にはあるよ」
忠弥は嬉しそうに言った。
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