第382話 事故の後始末
「静かに!」
パニックを起こす乗客達に甲高い声が響き渡った。
忠弥ではなかった昴が放ったものだ。
彼女の声は頭に響き冷水を被ったようにパニックから回復した。
「すぐに避難します。迅速に降りるために順序よく一人ずつお願いします」
「だがな」
「何か」
笑みを浮かべつつも強い圧を掛けながら昴は尋ねる。
十代の小娘だが大戦で幾度も激戦をくぐり抜けた猛者であるし、癖のある戦闘機パイロットの中で揉まれた。何より、ぶっ飛んでいる忠弥の手綱を握ってきている。
一般人を黙らせることなど造作も無かった。
「では、これより避難を行います。間もなく船長がバランスを回復し船体は水平に戻り、タラップで地上へ降りられるようになります。その時一人ずつ、順序よく、指示に従って降りてください」
昴のお陰でパニックは抑えられた。
やがて、船長が乗員を前部へ走らせ、飛行船のバランスを戻すと共に、気嚢のバロメット、空気袋に空気を入れてガスの容積を減らし浮力を減少させ、飛行船を地上に降ろした。
昴の制止のお陰で以後は、飛び降りる人もなく、タラップを下ろすと乗客達は順序よく降りてくれた。
お陰でバランスを保ったまま飛行船から下ろすことが出来た。
「何とか、大事故は免れた」
地上に下りた忠弥はホッとする。
飛び降りた乗客も幸い軽傷で済み、大事には至らなかった。
「あたしのお陰ね」
「本当に感謝しているよ」
どや顔の昴に忠弥は感謝する。
本当に今回は昴の活躍のお陰で大事には至らなかった。
あそこで制止しなければ、パニックが広がり更に被害は拡大していただろう。
最悪次々飛び降りて死者続出、船体は軽くなって浮き上がり、引っかかった部分が折れてしまっただろう。
その点では感謝している。
「それで飛べそうなの」
「多分無理だね」
いま飛行船<木星>は格納庫から完全に引き出され、損傷した尾部の点検が行われている。
だが外から見ても、激しくぶつけたため船体と尾翼が変形しており暫くは修理が必要だ。
今回の飛行にはつかえないだろう。
「ここで応急修理。終わったら皇国に戻って本格的な修理だ。とてもすぐに飛ぶことは出来ないし、乗客を乗せるわけにはいかない」
「じゃあ、どうするの?」
「船を手配して送るしかない。他の飛行船を呼び出すには時間が掛かるからね。こちらに呼び寄せても、再び飛び立たせるのに時間が掛かるのでアルヘンティーナにいる客船に乗った方が早いと思う」
「でしょうね」
アルヘンティーナから皇国へ向かう船があったはずだ。
島津も岩崎も船舶会社を保有しており、デッドヒートを繰り広げている。
少々剛腹だが岩崎の船も使えば乗客全員を皇国に戻すことは可能だろう。
「で、私達はどうするの?」
「このまま飛行船の修理の指揮をしても良いんだけど」
「だめ、時間が無いでしょう」
失敗したとは言え出張で時間を消費した。
皇国でやるべき事が二人には多い。
ここで修理を指揮するわけにはいかない。
船体の骨組みが曲がっており、皇国から専門家チームを呼び寄せなければ修理は不可能だ。
彼らが来るまで待たなければ作業は開始出来ないし、修理にも時間が掛かる。
とても待ってはいられない。
「やる事一杯あるんだから」
「じゃあ、船便で帰るしかないね」
忠弥は残念そうに言った。
飛行機で帰ることも考えたが、信頼性のある大型機がまだ開発されていない。
大洋横断は飛行船以外の航空機には冒険的な分野だ。
「なんとしても大型機を開発して、毎日飛べるようにするぞ」
先の戦争で多数の大型爆撃機が出来ている。
それを少し改造すれば飛ばせる。
今までは白物家電を作っていたが、基礎技術が整ったこれからは開発に邁進しないといけない。
「けど、資源の入手もキチンと考えてよね」
「分かっているよ」
昴の指摘に忠弥は頭を下げて頷く。
「一度、皇国に帰って仕切り直しだ」
忠弥は頭を切り替えて、港に向かった。
幸いにも、皇国行きの船があり、乗り込むことが出来た。
「ウチの最新鋭の船、隅田丸ね」
島津が世界に対抗する為に作り上げた船舶だ。
航空事業に力を入れているが、貨物事業に関しては郵便や一部の軽量な荷物を除いて船舶に優位性がある。
原材料や燃料の輸入のためにも船舶に力を入れていた。
そして隅田丸は、忠弥が力を入れた船でもある。
「素晴らしいな」
自分が関わった船体中央部から張り出す梁とクレーンを見てうっとりとする。そして、近くの格納庫に向かおうとしたとき、ラジオから速報が流れた。
『臨時ニュースをお届けします。メイフラワー合衆国の証券取引所で株価の大暴落が発生しました』
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小話
作中に登場する隅田丸は、ドイツの客船ブレーメンを元ネタにしました。
ザクセンの古い言葉で縁やヘリを意味するのでそこからの連想です。
ビックリドッキリメカがあるのでお楽しみに
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