第378話 外皮の縫い上げ
忠弥はすぐさま破れた箇所まで桁を伝って行く。
止めようとする掌帆長を置いて行き、骨組みに取り付くと両手両足を使って、曲芸師のようにするすると登っていった。
空中機動艦隊でも外皮の補修、敵機に撃ち抜かれた部分を修理していたので手慣れている。
当て布も得意なので縫うのは早い。外に出て行き、上から縫っていく。
忠弥が作業するのを見て、乗員達も急いで縫う。
「高度一五〇!」
しかし、飛行船の降下のスピードの方が速い。
まだ、縫う箇所が三分の一は残っている。
「うわっ」
その時、エンジンの轟音が響き始め、後方の昇降舵が上を向いた。
「高度百! エンジン始動! 全速を出します! 中に戻ってください!」
「まだ残っている! 縫い終わらせないと、また破れるぞ!」
風圧を受けて破れかねない。そうなれば操舵不能だ。
風が強くなる中でも縫い続ける。
しかし、風は容赦なく強くなり、外皮の端が煽られる。
「うわっ」
外皮の一部が煽られ、端が勢いよく乗員に叩き付ける。
雨や湿気の水分を布が吸収しないよう外皮は撥水加工されており、少し重く表面が硬い。
しかも風が強く暴れる布の端は鞭のようにしなり襲いかかり表面の塗料が鋭利な断面を作り出していたこともあり、乗員の額を切り裂いた。
「彼を収容してくれ!」
怪我した乗員を忠弥は受け止めると、船内に収容し、看護させる。
引き渡すと忠弥は縫い直しに戻った。
「危険です! 船内に戻ってください!」
「縫わないと危険だ! 終わらせる!」
風が強くなる中、忠弥は作業を続け、全て縫い直した。
「ふう、終わった」
内側にもどり、縫い終わった忠弥は安堵の溜息を漏らす。
「今の高度は?」
「高度三〇〇を保っています」
「まあそんなものか」
上昇しすぎると降下に苦労するし、搭載物も少なくなってしまう。
そして気圧低下でガスによる浮力の低下がある。
積載量を考えると上空へ上がるのは避けたい。
飛行船の弱点の一つだ。
浮かんでいるため高度を維持するには浮力と重力の釣り合いが取れるようガスの量を調整する必要がある。
そしてガスを抜いたら上空での補充は困難。
しかも釣り合いは気象条件に左右され変動する。
飛行機なら、主翼と昇降舵で調整できるが、昨日のガスだけで調整するのは難しい。
そこで推進することで揚力を生み出しバランスを保っているが、外皮が破れたら今みたいに危険だ。
忠弥が、大型飛行機の開発を優先している理由である。
「怪我した乗員は?」
「現在、治療中です」
「手当はキチンとしてくれ。それとボーナスの支給も頼む」
このような事態もあり、飛行船は点検の為の人員が必要だ。
その数は乗客と同じ分、必要だ。
ヒンデンブルク号は七二人の乗客に対して六一人の乗員が必要とされた。
地上の職員を含めると人件費が高くなり、運賃も高額になる。
郵便輸送で何とか稼いでいるが、経営上、少人数で運用出来る経済的な飛行機、旅客機が必要とされる。
「早く、大型旅客機を完成させないとな」
自分が構想している大洋横断出来る大型ジェット旅客機、ジャンボジェット並みの大型機をどうにかして作り出そうと忠弥は改めて決意した。
「そのためにも資源の購入契約を結ぶんでしょう」
「そうだね」
迎えに来た昴に頷く。
その様子を見て昴は呆れるが、仕方ないと諦める。
「交渉については私が行うけど大人しくしていてね」
「どうして?」
「あなたの場合、交渉術とか使えないでしょう。そのまま、相手の言い値で購入しかねないからよ」
「うっ」
図星を突かれて忠弥は黙り込んだ。
確かに飛行機に関しては詳しい。
だが、それ以外はからきしだ。
契約や交渉などの部分は忠弥が苦手とする。
相手の言い分を鵜呑みにして仕舞いかねない。
契約を締結しても不利な契約となる可能性が高い。
「だから、私に任せて」
「はい」
忠弥がうなだれているとスピーカーから船内放送が流れた。
『本船は只今アルヘンティーナ上空へ入りました。間もなく首都ラプラタに到着します』
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