第377話 飛行船の欠点

「いやあ、やっぱり凄いな」


 寄港する当日の朝、忠弥はダイニングで満足そうに話す。

 今朝の朝食はご飯に味噌汁、鮭の焼き物、漬物、納豆。

 普通の朝食だが、空の上で食べられる事、眼下に海を見ながら雲と並びながらという飛行船ならではの景色を見ながらというのがよい。

 飛行機ならば吹きさらしのコックピットで魔法瓶に入ったお茶かスープ、焼酎などの度の強い酒しか飲めないことを考えれば非常に豪華だ。

 少なくとも、二一世紀の機内食よりもマシだ。

 工場で作られたパックの食事ではなく、コックが食材から作り出すというファーストクラスさえ不可能な贅沢を味わえている。

 飛行船を豪華クルーズ船として残しても良いのではないかと考えてしまう。

 いや、十分に検討に値する計画だ。


「楽しそうね」


 昴はそんな忠弥を白けた目で見ている。


「何か怒っている?」

「別に」


 昴は素っ気なく返事をする。

 飛行船に乗ってから自分に構ってくれないのが不満なのだ。

 忠弥が飛行機馬鹿である事は分かっている。

 しかし、久方ぶりに二人きりなのに構ってくれないのが悔しい。


「ああ、このあと何かする?」

「親に付き合ってくれるだけで良いわ」

「それなら良いよ」


 忠弥は承諾したが、すぐに翻ることになる。

 突然、飛行船のエンジンが停止した。


「どうしたの?」

「しっ」


 尋ねる昴に忠弥は静かにさせる。

 そして左右の窓を見て船体を確かめ、乗員用のエリアに入り、キールへ降りて船尾へ駆け出す。


「何があった!」


 顔見知りになった掌帆長、船体全体を管理する下士官の最高位に尋ねる。


「水平尾翼の上面の外皮が破れました!」

「不味いな」


 映画ヒンデンブルクと同じだ。

 水平尾翼の外皮が破れて割けている。

 もしこのまま割けたままにしたら、尾翼の気流が乱れ失速状態、操舵不能になって仕舞う。

 一刻も早く修理しなければ。


「修理は!」

「今、乗員が縫っているところです!」

「空中に停止できないか!」


 エンジンは停止しており、前進はしていない。だが飛行船はゆっくりと下がっている。


「気温が予想外に上がっており、ガスの放出が多くなりました。外気温も高く動的浮力で浮いていた状態です」


 外気温が高くなれば周囲の空気は軽くなる、つまり飛行船の浮力が減少する。

 しかも、太陽光で膨張するガスから気嚢の破裂を抑える為、ガスを放出してしまったので浮力が更に足りない。

 エンジンをかけて、トリムカップ、船首を少し持ち上げて揚力を生み出していた状況だ。

 飛行機と同じように前に進むことで揚力を生み出す事が飛行船にも出来る。

 浮力に頼らず飛べるので便利だが、勿論欠点はある。

 飛行機と同じように、前に進まなければ揚力は生まれない。

 しかし、縫い上げる為には風が邪魔であり、停止するか低速で動かなければ作業員が吹き飛ばされる。

 こうしている間にも、飛行船の高度は下がっていく。


「現在の高度は?」

「エンジンが停止したときは三〇〇。現在は二五〇。なおも降下中」

「バラストの放出は?」

「太陽光で、気嚢が膨張し高度が上がりかねません。着陸に備えて、出来るだけ、現在の重量を維持したいとのことです」


 浮き上がりすぎないようにバラストを大量に飛行船は載せている。

 浮力に限界があるのに無駄な重りを載せている、とも思えるが飛行船は、飛んでいると軽くなる。

 燃料であるガソリンを消費すると消費した分、軽くなり浮かび上がっていく。

 一応、プロパンガスと水素の混合ガスを使った燃料を開発中だが、<木星>にはまだ採用されていない。


「現在の高度二〇〇! 船長は高度一〇〇で上昇すると言っています」

「俺も作業を手伝う」

「しかし司令官が行うなど」

「空の上では一蓮托生だ! 乗員も司令官も関係ない。これでも縫うのは得意だ」


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