第376話 ハイデルベルクで飛行船を作らせた訳

 戦争の敗北によってハイデルベルクは、不利な条件を突きつけられ降伏した。

 その中には、膨大な賠償金と共に威力を発揮した飛行船の建造制限も含まれていた。

 サイズは三万立方メートル以下に制限され、それ以上の大型船は製造できなかった。

 残った、飛行船も賠償として他国へ接収された。

 極秘に建造されないよう工場は各国の代表で作られる監視委員会によって管理、生産停止とされ、かつて賑わっていた飛行船工場は火が消えたように静かになった。

 そこへ手を差し伸べたのが忠弥だった。

 各国や軍から購入を打診されている飛行船建造の一部をハイデルベルクにやって貰うことにしたのだ。

 監視委員会に輸出用として特例として認めさせ、購入できるようにしたのだ。

 最初は渋っていた委員会だったが、島津が払う購入代金は各国が突きつけた膨大な賠償金の支払いに回る。

 更に、ハイデルベルクから飛行船を購入する事で早期に飛行船の数を増やせると示唆し認めさせた。

 ハイデルベルクに余計な力を付けさせると反対する声も大きかったが、見返りが大きすぎた。

 かくして建造は許可され、大型旅客飛行船<木星>は建造され納入された。

 <木星>の前例が出来ると各国はこぞってハイデルベルクへ飛行船を発注しハイデルベルクは活況を呈する事になった。


「まあ、ベルケ達への温情もあるんでしょうけど」


 あまりにも酷い講和条件、国民総所得の三年分という賠償金を求められていた。

 何より航空産業の全面禁止、せっかく育った航空産業を潰すのが許せなかった。

 かつての敵とはいえ、技術的に優れていた、なのに、敗戦国と言うだけで潰すのは元味方でも忠弥は許せなかった。

 そうした不満を表明している意味もあった。


「こんなに素晴らしい飛行船を作るなとは酷いと思わないか?」

「確かに勿体ないわね」


 タラップで船内に乗り込むと先ずは洗面所とバーと上への階段が見える。

 更に一層上がると、客室とダイニングそしてラウンジがある。

 特に左舷とラウンジと右舷のダイニングは広い。

 客室フロア一杯を占めており、斜めの窓も相まって広く見える。

 対して中央通路沿いの客室は二人用で二段ベッドとなっており一室当たりは狭い。

 客室で過ごすより、ラウンジやダイニングで過ごすことを重視している。


「でも、同じ部屋で良かったの?」

「良いでしょ、同じ部屋で」


 忠弥の言葉で昴は怒りながら言う。


「まあ、昴が良いなら良いけど」


 これ以上尋ねるのは危険だと判断し忠弥は追及しないことにする。


「ゴンドラを上げろ!」


 出発の時間となり船長の号令で、地上要員が一斉にロープを放し、<木星>は上昇していった。

 静かに上昇していったため、離陸に気がつかない乗客もいた。

 ある女性乗客は、家を出るとき見送り客の応対に追われ、乗船したときはあまりにも疲れていたため客室に入ると、そのままベッドに倒れ込み眠ってしまった。

 起き上がったとき「離陸まであと何分」とスチュワードに尋ねると、「二時間前に離陸しました」という返答だった。

 起き上がっても静かなため、女性は信じなかった。

 疑いが晴れたのはラウンジから、眼下に広がる町の夜景を見たときだった。


「本当に静かよね」


 ラウンジに座って外を眺めていた昴が言う。

 飛行船は、揺れの少ない乗り物だ。

 ペンを立てたまま忘れて仕舞い、数時間後に取りに戻ってきたら、ペンが立ったままだったという話がある。

 誰一人船酔いになった者がいない、という記録を打ち立てたことからも飛行船の安定性が良いことが分かるだろう。


「けど、日中に出発してくれたら良いんだけど」

「仕方ないよ。夜が一番気温が安定しているから」


 飛行船は飛行機と違い、自然環境に影響されやすい。

 特に影響されるのが、太陽と大気、そして風だ。

 飛行船は気嚢、巨大な風船を抱えており、それが生み出す浮力で浮き上がる。

 浮力は、周りの流体、飛行船の場合は空気を押しのけた体積≒重量で決まる。

 そして、空気は気温と気圧で重量が変わる。

 暑ければ軽くなり、涼しければ重くなる。気圧が低いと軽く、高いと重い。

 そして、太陽の光を浴びて気嚢が過熱させられると過剰に膨張してしまい飛行船に良くない。

 安定した環境が必要だ。

 そのため飛行船が浮力を一番発生させられるのは夜間であり、飛行船、特に長距離の飛行船は日没後に出発する。

 これは地球のツェッペリン飛行船も同じだ。


「時速一〇〇キロ以上で航行出来る。駆逐艦でさえ時速六〇キロ出すのは困難だ。四〇時間もすればアルヘンティーナの首都ラプラタに着ける。それまでゆっくりしよう」

「本当に?」

「ああ」

「……そ」


 素っ気なく昴は言った。

 飛行機狂いの忠弥に何を言っても無駄だ。

 空を飛ぶ物を見て落ち着いていられない。

 実際、暇を見つけては操縦ゴンドラやエンジンナセルへ行くなど船内の見学を行っていた。


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今回のお話では、下のサイトを参考にさせて貰いました。

飛行船の話が多く非常に有益です。

もっと早く見つけたかった。

https://www.air-ship.info/index.shtml

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