第369話 凱旋飛行

 パリシイ中心部にはエトワール凱旋門がある。

 上空から見ると凱旋門から八方向へ道路が市街地へ伸びていき星の輝きのように見えるからだ。

 王政が廃止された直後、共和制の混乱と周辺国の干渉戦争をはね除けた英雄による独裁制の後、帝政が生まれたとき、それまでの戦勝を記念して時の皇帝が建設を命じた建築物だった。

 だが建設中、皇帝は遠征において大敗し、帝政は滅び建設は中断。

 それでも諸国を相手に偉大なる戦勝を収めた栄光の時代を記念しようというラスコー国民は多く、建設が再開され数十年の時を経て、完成した。

 今では海外戦争、植民地戦争での勝利を挙げたとき、この門をくぐる凱旋式が、行われている。

 そして、今回の大戦。

 ラスコーをはじめ、多くの連合国が戦った大戦の勝利は凱旋式を開くに値するものだった。いや、国民は凱旋式を望んだ。

 長く苦しく大勢がなくなった戦争の終わりを、輝かしい勝利で収めたことを実感するためにもラスコー国民は凱旋式を望んだ。

 凱旋門周辺の大通りには戦勝と長い戦いの終わりを祝う市民で溢れていた。

 勝利を飾った祖国に誇りを持つ者、従軍者の旗艦を喜ぶ者、亡くなった戦死者の犠牲は無駄ではなかったと喜ぶ者。

 集まった者の思いは様々だが、彼らは戦争が終わったことを喜んでいた。

 都市計画により歩道でさえ広々としてる大通りだったが、集まった市民の数が多すぎて立錐の余地がないほどだった。

 通りだけでなく周囲の建物にも、パレードを一目見ようと多くの人々が窓に集まった。

 中には料金を取って自室に招き入れるちゃっかりした住人もいて、観客の数を増大させていた。

 明け方より集まった市民達は三時間以上待ってもパレードを一目見ようと待っていた。

 そして午前九時、花火が打ち上げられ、ファンファーレが奏でられるなかパレードが始まった。


「全隊! 前へ進め!」


 マーチを奏でる軍楽隊を先頭に、隊列を組んだ部隊が大通りへ進み、凱旋門へ向かっていく。

 参加する部隊は各二〇〇名前後の集団だった。大戦で功績のあった部隊から選抜された兵士によって構成された、受閲部隊だ。

 先頭に掲げられた旗は、自らの部隊旗。続く旗は倒した帝国軍より奪った軍旗だ。

 自分の戦果をアピールするため、古来からの伝統に従い掲げることを許されている。

 殆どは歩兵だが、続いて煌びやかな軍装に包まれた騎兵が走り、トラックで牽引された野戦砲を引き連れた砲兵部隊が続く。

 注目を浴びるのは、この大戦で実用化された戦車だ。

 エンジン音を唸り上げ、キャタピラの音が大通りに鳴り響く様は、今後戦車が戦いの主力になる事を暗示していた。

 市民は歓声を上げて、パリシイを守った彼らに感謝し、祝福した。

 続いてやってきたのは、セーラー服に身を包んだ各国の海軍部隊だ。

 さすがに陸上を軍艦で進むわけには行かないので、水兵達の行進のみだ。

 だが、潜水艦相手の洋上での激しい戦いは連日新聞で報道されており、日々の日用品が入ってくるのは彼らのお陰である事を市民は知っていた。

 帝国潜水艦の脅威が激しかった頃、輸送船が撃沈され、パリシイは物資不足になり困窮し市民も戦争の苦しみを味わった。

 だが海軍の活躍で潜水艦を沈め制圧し輸送船が入港したときには店の棚に商品が再び並んだことを市民は覚えていた。

 彼らのお陰で餓え死にせずに済んだことを市民は感謝し歓迎した。

 最後にやってきたのは、各国空軍部隊だった。

 整備、施設、対空砲などの地上部隊の行進の後、空から轟音が響き渡った。


「おおおっ」


 見上げた市民達は声を上げた。

 巨大な飛行船が次々と上空を通過していく。

 中でも双胴飛行船である大鳳型空中空母は迫力があり、通過するとき大通りが陰になってしまった。

 その下を、各国の航空機が飛んで行く。

 初風に疾鷹と各国へ供与された戦闘機、ハート双発爆撃機、黒鳥。

 大戦で活躍した航空機が次々と飛来し、途切れることなく進んで行く。

 絶えることのない航空機の列に市民は航空戦力の充実に目を見張った。

 もっとも、これは忠弥の使ったトリックであった。

 周辺の飛行場の能力上、飛ばせる飛行機の数に限りがあるため、空中での指揮能力、合流に問題が出てくる。

 そこで飛行機が速い事を利用して、上空を何度も旋回させて――大通りを通過したら、市民から見えなくなったところで引き返してパリシイ市街地を迂回し旋回。再び大通りの上空を飛ばすという方法を採った。

 かつて旧ソ連においてクレムリン前、赤の広場で行われた軍事パレードで無数の爆撃機があるように、見せかけるために使われた手法の応用だった。

 忠弥はこうして、航空機の力を人々に見せつける事に成功した。


「さて、締めに入るとするか」


 無事に空軍部隊の行進と展示飛行が終わったあと、広々とした空に五機の飛行機が現れた。

 それぞれ、青、赤、黒、黄、緑に塗装されていた。

 大戦中、休戦して行われた五輪の開会式でのデモフライトが再び繰り広げられた。


「おおおっ」


 空に凱旋門上空に再び現れた五輪を見て、市民は再び平和がやってきたと喜んだ。


「さて、仕上げといこうか」


 五輪のマークを書き上げた忠弥は、編隊を引き連れて一列に並ばせた。

 そして大通りの反対側から凱旋門へ向かって降下した。

 地上に向かってくる飛行機に市民達は注目する。

 高度を急速に下げても、全く引き上げる予兆がない。

 墜落すると思い悲鳴を上げ、叫ぶ者もいたが、一部は、まさか、と思いながら期待に満ちた眼差しで先頭の青い忠弥の飛行機を見つめる。

 忠弥は、彼らの期待に応えた。


「そりゃっ」


 急降下した忠弥は凱旋門の手前、地上すれすれで、操縦桿を引き、機首を引き上げると、そのまま凱旋門の中へ飛び込み、飛んだままくぐり抜けた。

 門の幅は、確かに主翼より大きかったがそれでも左右の余裕は一メートルしかない。

 それでも正確な飛行で忠弥はくぐり抜けることに成功した。

 続いて、追いかけてきた列機四機も忠弥に続いて、凱旋門をくぐり抜け、五機の機体は大通りを駆け抜けた後、上昇していった。

 目の前を飛行機が高速で駆け抜けたことで市民達の興奮は最高潮に達し歓声を上げ、この日、一番の拍手が巻き起こった。

 この日のことは長く語り継がれ、伝説となった。


「一寸、やり過ぎじゃないの?」

「やった後で言わないでよ」


 帰りの飛行中昴の苦言に忠弥は言い返した。

 第一次大戦でパリの凱旋門をくぐり抜けた飛行機の映像を思い出して、自らもやってみたくなったのだ。

 計画を打ち明けると、昴を含む全員が諸手を挙げて賛成した。

 そのまま演目に入れられ、実行したという訳だ。

 だが、これには後日、騒動が起きることになる。

 参加したパイロットの中にベルケが含まれていたのだ。

 戦勝パレードに敵国のパイロットがいるなど問題だと疑義を呈する人間が出てきた。

 総力戦、国民全てを戦争に駆り立て等しく苦しんだ戦争の勝利を祝う式典に敵国の軍人が加わる事などまかり成らん、水を差すと文句を言ったのだ。

 行われている講和会議でも、非常に厳しい条件、巨額の賠償金、領土割譲、軍備の制限、主権制限などを突きつけている最中であり、中には帝国は全て分割し消滅させよという強硬案まで出ていた。

 だが、忠弥気にすることなく言い放った。


「互いに死力を尽くして戦い生き残ったのだ。生き残り同士が互いを祝うのは当然。それとも負けた相手を奴隷にしようというのか? 文句があるなら、ベルケを空でたたき落とすことだ。戦闘機はお貸ししますよ」


 と忠弥が言うと、抗議してきた軍の高官達は、空戦では勝てない、そもそも飛ぶことさえ出来ないので、すごすごと引き返していった。

 ただ、大戦で制限された暮らしをしていたラスコー国民の間に不満があり、旧帝国を奴隷や属国のように扱う風潮があったのも事実だ。

 忠弥はそれらのヤジに中指を突き立てるべくベルケを参加させたのだ。

 不景気で技術開発などに予算がつぎ込まれず航空機開発などに批判が出てくる日本の自称識者のような発言に苛立った事を思い出したこともあり、盛大に怒らせる事にしたのだ。

 サイクスやテストも国民の感情を理解しながらも忠弥の意見に同調し、黙認した。

 後々、物議を醸したが、戦勝の前には些細なこととして、ベルケの問題は、気にされなくなった。

 そして大戦が事実上終わった日として、大通りから常勝していく忠弥の初風の姿を、輝かしい未来へ向かうものだと、思いに重ねて記憶した。

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