第368話 空を見上げ翼を広げる地上の鳥
「気休めとはらしくありませんね」
やりとりを聞いていた相原が忠弥に言った。
「講和会議では帝国に飛行禁止が言い渡される予定だとされています。もはやベルケは飛べません」
「そうか?」
忠弥は軽い口調で応えた。
「国際条約で禁止されたら無理でしょう」
「何故?」
「いや、条約に反します」
「そんなのは人が思い上がって作り上げた幻想だ」
「幻想って、国家間の取り決めですよ」
国際法を遵守するよう海軍でたたき込まれた相原には、国際条約で決まったことを破るなど愚かな考えに思えた。
そんな相原に忠弥は尋ねた。
「私は誰です?」
「え?」
「私、二宮忠弥が何者か知っていますか?」
忠弥は相原を睨み付けるように尋ねた。
相原は忠弥の気迫に押されて、唾を飲み込んだ後、忠弥が何をしてきたか思い出しながら答えた。
「人類初の有人動力飛行を成し遂げ、大洋横断飛行を成し遂げ、連合軍の空の戦いを勝利に導いた英雄です」
「その前は?」
「その前?」
「私が初飛行を成し遂げる前ですよ」
言われた相原は言葉を詰まらせた。返答がないので忠弥が代わりに答えた。
「田舎の鍛冶屋の息子ですよ」
自嘲気味に、転生してからの数年間を思い出しながら言った。
「その時、空を飛ぶなんて出来ると考える人などいませんでした。飛行機などありませんでしたし」
忠弥は遠い目をしながら続けた。
「誰も空を飛べると思わないから、飛行機など存在しませんでした。ですが、私は飛べると考え、一から作り飛ばしました。誰もが飛べないと思ってる中、私は飛行機を作り飛ばしました」
忠弥は夜の闇が迫り、青が濃くなる空を見ながら言う。
「今は飛行機を作る技術が確立している。ベルケ達も飛行機製作の経験はあります。彼らは絶対に再び空を飛ぼうとするでしょう」
「ですが、国際条約で禁止されます」
「そんなもので空への情熱を抑えることは出来ません。何らかの方法で、彼らは再び空を目指すでしょう。人々の考えや条約など、空を飛びたいと思う、本物の情熱の前には何の意味もありません」
確信を持って忠弥は断言した。
「楽しそうですね」
力強く言う忠弥を見て相原は言った。
強い敵を求めると言うより、仲間が再び立ち上がる事を信じているような口ぶりだった。
「ええ、彼らが再び空に戻ってくるのが楽しみですよ。同じ空を飛ぶことを夢見る仲間は」
「敵国ですよ」
「国など関係ありません。空に壁なんてありませんから」
「国境があります」
「何度も飛んでいますが」
忠弥は、からかうように、楽しそうに言った。
「空から国境線なんて見えたことがありません。条約も空に浮かんでいたこともありません。なのにどうして気にする必要があります?」
忠弥は純粋な目で、少年のような瞳で尋ねた。
「それとも相原は空を飛んでいるとき、地上の国境線や離陸進路の前に国際条約を見たことがあるのですか?」
「いいえ」
相原は素直に認めた。
空から国境線は見えなかったし、条約が離陸を邪魔することなど無かった。
ただ飛べる飛行機が大空を飛んで行くだけだ
条約が正しいからではなく、飛行機か飛べるか否かだけが大空を飛んで行ける条件だ。
他人が何を言っても、飛ぶモノは飛ぶ。
誰もが、空を飛べるとは想像していなかった時、忠弥は空を飛べると信じ、自ら飛行機を作り出し、自ら空へ飛び出した。
「飛ぼうとする人間を止めることなど、誰も出来ませんよ」
忠弥の言葉がズシリと相原にのしかかった。
航空機の第一人者の言葉は、どんな政治家の言葉よりも重く、確信を抱かせた。
「諸君!」
忠弥と相原が話し終わった時、ベルケが、帝国航空隊を集め演説を始めた。
「今日、歴史を持ち誇り高き我が帝国の名は泥にまみれ、我々が恐れることなく空に飛び立ち戦い続けた記録は忘れ去られ、敗残者としてのみ認識され嘲笑されている!
だが自由と正義、そして事実と諸君らの力が最終的な勝利をおさめる!
我々を隷属しようとする者は最終的な敗北するだろう!
何故なら!
帝国航空隊は劣勢の中でも勇敢に出撃し、苦闘にも屈せず輝かしい戦果を上げた!
その栄光を作り出したのは諸君らの献身と資質であり、それは戦時であっても平時であっても力を発揮し輝き続け、失われることも屈することもないからだ!
我々の時代は必ずまたやってくる!
諸君! 私は乾杯したい、祖国に対して、この航空隊に対して、何より今日まで戦い抜き、素晴らしい能力を以て献身的に支えてくれた君たちに対して!
プロージットッ!」
「プロージット!」
「マイン・ライヒ! ユーバー・アーレス!」
「マイン・グルッペ! ユーバー・アーレス!」
「マイン・フューラー! ユーバー・アーレス!」
「我らが翼よ! 永遠なれっ!」
ベルケの乾杯と共にグラスを掲げた帝国軍航空隊の一同は口々に歓声を上げ、中身を飲み干すと地面に向かって叩き付けて割った。
地上に飛び散ったガラスの破片は残光を受けて輝きまるで地上の星だ。
丁度、日も完全に暮れ、夜空となり、星々が輝き始めていた。
地上と空の間にいる彼らも輝いているようだ。
翼を失った鳥ではなく、今まさに飛び立とうと決意し空に目を向ける鷲の群れ。
地上へ縛り付けられたハズなのに、天へ飛び立っているようだ。
忠弥が焚き付けた? いやいずれああなっただろう。
忠弥は航空機を生み出したのと同じように時を進ませたに過ぎない。
「いずれ彼らが飛び立つか」
相原は呟いた。
十数年後、いやもしかして数年後、彼らは再び空へ飛び立つだろう、と思った。
推測ではなく、思っただけだが、確信めいたものだった。
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