第356話 浸透戦術の弱点
「完全に進撃が止まった!」
指揮所でベルケは苛立たしく叫んだ。
皇国軍と王国軍を包囲殲滅するため新たな攻勢に出た帝国軍の第一段階は一つを除いて成功した。
多くの部隊が、連合軍の後方へ進出していた。
だが、敵のたった一部隊が、陥落していない。
「皇国軍歩兵第一師団が、頑強に抵抗している」
ベルケは苦々しく思った。
浸透作戦の原則に従えば、周囲から孤立した部隊は抵抗の意思をなくし降伏するはずだ。
これまでの作戦、特に東部戦線など、後ろに回り込んだだけで降伏した。
「西部戦線では中々敵が降伏しません」
エーペンシュタインが報告する。
浸透戦術を受けて孤立しても、一部の士気旺盛な部隊は頑強に抵抗する。
西部戦線ではラスコー軍など士気旺盛な部隊は中々降伏しない。命令拒絶が起きたと聞いたベルケだったが、激しい抵抗をみてデマだったと結論づけた。
それでも、包囲していれば、幾ら頑強な抵抗をしても、いずれ武器弾薬食料は尽きる。
補給を受けられない部隊は、継戦能力を失い、抵抗を止めて降伏する。
だが、皇国軍第一師団は未だ降伏していない。
「カルヴァドスを抜けられないため、進撃出来ない」
ベルケは地図を睨み付けた。
街道が集まるカルヴァドスは帝国軍の進撃路になっている。
勿論迂回も出来る。
現に第一師団を包囲する部隊を残し、帝国軍は更に進撃を続け三〇キロ以上戦線を押し上げている。
だが、彼らの進撃は止まろうとしていた。
重い補給物資を積み込んだ補給部隊が遅れている。
街道が使用出来ないため、工兵が新たに作った道を、泥濘みやすい仮設道路を進む事になり、馬車の重量を軽く――乗せる物資を少なくしなければならない。
結果、前線に送られる物資が少なくなり、進撃が滞っている。
「軍団が攻撃を仕掛けていますが抵抗が激しいです」
帝国軍、二個軍団で包囲しても皇国軍第一師団は抵抗を止めない。
連合軍が航空優勢を握っていて、第一師団に近づく帝国軍を連合軍航空部隊が撃退している。
軍団への攻撃も激しく爆撃で戦力は半減していると言って良い。
包囲している帝国側の攻撃力自体が衰えている。
第一師団の抵抗力が衰えないのも大きい。
「敵は、多数の爆撃機と輸送機を使って物資を補給しているようです」
偵察報告を読んだエーペンシュタインが説明した。
戦闘機の他に、輸送機や爆撃機も出撃しており異常なまでの航空機の出撃に帝国側も違和感を抱いていた。
偵察の結果、連合軍が航空機に武器弾薬食料を載せて第一師団へ補給している事が分かった。
「空から物資を輸送するなんて……さすが忠弥さんです」
勿論、これまで飛行船による物資輸送や補給などを行ってきたベルケであり、そのような作戦も考えた事があるし、対策も立てていた。
しかし、飛行船だと搭載力はあるが、図体がデカいため速力が出ず、的になりやすい。
飛行機だと速力はあるが、搭載力が少なく、十分な量を送れない。
よって現実的ではないと判断していた。
だが、忠弥は可能な限り多くの飛行機を集める事で速力を確保、一日に何回もピストン輸送させることで量を確保していた。
爆撃機も爆弾の代わりに落下傘付のコンテナで上空から投下し、補給支援に貢献している。
第一師団の戦力は衰えず、時に逆攻撃を仕掛けてくる事さえある。
結果、第一師団は帝国の喉に刺さった骨、いや最大の障害となっていた。
「カルヴァドスの攻略は帝国の死命を制す。何としても陥落させよ!」
大参謀本部から参謀総長直々の命令が下るほどだ。
無理もなかった。
パリシイへの進撃が失敗した帝国は目標を皇国軍と王国軍の包囲殲滅に照準を変えた。
特にカルヴァドスは、帝国軍の陣地に近いこともあり、攻撃を集中させている。
それでも第一師団は降伏していない。
「我々にも出撃命令が出ています」
「出来るか?」
「稼働機は少なくなりつつあります」
申し訳なさそうに言うエーペンシュタインを見てベルケは暗い気持ちになった。
稼働機が少ないのは生産数が少ないのもあるが、事故機が多いのも原因だ。
ゴムの輸入が途絶えゴムタイヤがないため、着陸の衝撃を吸収できず機材に悪影響が出て故障しているのだ。
修理するにしても原料不足で生産が少なく、放置されている。
結果、稼働機が少なくなっている。
日々の報告で分かっていたが改めて言われると状況が深刻なことを改めて知らされた。
「それと将軍、残念ながらガソリンの残量が」
エーペンシュタインが申し訳なさそうに言った。
連日の出撃で航空燃料を大量に消費している。
海上封鎖により、原油や石油製品が手に入らず、航空隊へのガソリン割り当てが減っている。
地上のトラック部隊はディーゼルへの変換を進めているがガソリン車もまだ多く、補給車両への割り当てが多く航空隊への配給が減っている。
地上部隊の事を考えればやむをえないが、燃料不足により航空隊の活動が制限されている。
敵陣地への爆撃と、輸送を妨害するために連日の大量出撃により、燃料の消費が激しく備蓄が尽きかけていた。
「最早、終わりか」
占領地ではない飛行場、後方からの補給船が確保されている飛行場でさえ燃料が不足し、出撃機数が制限されている。
いくら高性能なプラッツDr1だとしても燃料がなければ、空中戦どころか飛ぶことさえ出来ない。
帝国が力尽きようとしているのをベルケは実感した。
「閣下?」
「いや、何でもない」
それでも最後まで死力を尽くすのが軍人だ。
ベルケは姿勢を正して命じた。
「全機出撃する。全ヤシュタに出撃命令を」
「ヤー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます