第354話 それぞれの戦場へ
「昴!」
包囲網の中に残ると言い出した昴の言葉に忠弥は驚いて声を荒げる。
だが昴は忠弥に振り返り、微笑むと再び参謀に向き直って話を続けた。
「前線への味方航空攻撃誘導のために残ります」
「だ、だが」
「本来、脱出出来るパイロットが残り共に戦う。それも小娘が残るのです。なのに戦うべき部隊に居なければならない参謀が部隊を見捨てて逃げ出す。そんなこと誇りある皇国軍にあってはならない事態でしょう」
笑顔だが諧謔の光を目に宿し、かつてのいじめっ子のような言い方で昴は参謀を追い詰めていく。
「これを知ったら部下や同僚、上層部の評価はどうなるでしょう」
「し、しかし、報告義務が」
「なら、輸送機に報告書を託せば良いでしょう。上級司令部へ報告のために出頭するのに報告書を書いていないハズがありませんよね」
笑顔のまま昴は詰め寄った。
「前線に戻りましょう」
昴の迫力に参謀は、根負けした。
鞄に入っている報告書を輸送機のパイロットに忠弥に預けて言う。
「というわけで、私はここに残るから」
「でも」
「嘘つき女と一緒にいたいの?」
「昴ならいい」
真顔で忠弥が返すと、さすがに昴は困った顔をしたが、一瞬で元の顔に戻った。
「ありがとう。でも、それだと後々拙くなるわ」
「でも」
「ここが陥落するの? そうならないように頑張ってくれているんでしょ」
「そうだけど」
「なら、包囲が解除されるまでここに留まるわ。忠弥の事、信じているから」
無理矢理にでも連れ戻そうとした忠弥だったが、真っ直ぐな昴の目を見たら言えなくなってしまった。
「……分かった」
「解囲されるのを待っているわ」
そう言うと二人は同時に背を向け、忠弥は輸送機に乗り込み、昴は前線へ戻っていった。
「離陸する!」
忠弥はスロットルを押し上げ出力を上げ、振り返ることなく離陸していった。
「待っているからね忠弥」
飛び立っていく輸送機を見送った昴は視線を地上に、泥沼のような戦闘、雨のように砲撃が行われ、白兵戦が起きている地上に目を向け、進み出した。
「失礼します。戻りました」
先ほどあとにした掩蔽壕に戻り昴は挨拶をし、自分の無線機に向かう。
「飛行場に向かったのでは?」
「ここで解囲されるまで攻撃隊の誘導を行います。他の部隊に行くかもしれませんが、包囲が解けるまで残ります」
商売道具となる無線機を確認しつつ昴は答えた。
「危険です」
指揮官が言った途端に敵の重砲が着弾した。
近くの掩蔽壕に命中したらしく、悲鳴と助けを求める声が指揮所まで聞こえてくる。
昴が飛行場に行っている間に据え付けられた帝国の重砲だった。
「それはあなた達も同じでしょう。それに第一師団が壊滅すれば後方の飛行場にも帝国軍が雪崩れ込んできます。ここで食い止めないとお終いなのは私も同じです。なら前線で踏みとどまります」
「……ここも安全ではないのですよ」
指揮官が言い聞かせようとしたとき、昴が拳銃を引き抜き指揮官に向けた。
驚く指揮官の横に向かって銃を放つと入り口から投入してきた帝国軍突撃隊員を射殺した。
「応戦よ!」
昴が牽制している間に、指揮所要員が銃を手に取り入り口に居る帝国兵に応戦。
撃退した。
「前線飛行場も同じです。突撃兵の襲撃を受ける事は多いですから」
拳銃をしまって再び自分の作業に戻る昴を見て、指揮官は説得を諦めた。
「攻撃隊、こちら昴。誘導する。目標は味方陣地東方の重砲。風向は東微南、風速はおよそ二メートル。攻撃せよ!」
昴の指示により攻撃隊が爆撃を行う。
掩蔽壕さえ一発で吹き飛ばす重砲が爆弾で吹き飛ばされた。
自分達を吹き飛ばそうとしていた忌々しい重砲が消え去ったことに部隊の書言う兵達は歓声を上げた。
「さあ、次行くわよ、吹き飛ばす必要のある目標を指示して」
昴が言うと、指揮所の要員は士気を高め、敵の重要ポイントを伝えていく。
それを昴は上空の攻撃隊に報告し、指示をする。
「戦場の女神だな」
歩兵の為に敵陣を破壊してくれる砲兵のことを戦場の女神と呼んでいる。
今回は、航空爆撃だがその誘導を昴という少女が行っている。
しかも指示が的確で確実に、第一師団を殺しに来る帝国軍を撃破してくれる。
正に戦場の女神。
入信したいくらいだ。
少なくとも敬虔な信者になるくらいの恩を指揮官は感じていたし、指揮下の部隊の将兵も同じだった。
それは第一師団に広がっていった。
戦闘の焦点となる場所へ昴は駆けつけ攻撃を誘導し続けた。
激戦を繰り広げていた将兵達は、昴がやってきて攻撃を呼び込み帝国を撃退して助けてくれたら信仰心も目覚めるといったものだ。
かくして第一師団は立て直しに成功し帝国の包囲下で善戦した。
勿論、昴だけでなく忠弥の支援もあってのことだ。
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