第352話 空中補給

「空から第一師団に補給を行う」


 忠弥が前線飛行場に降り立つ前、忠弥が発表した構想に空軍司令部の幕僚達は唖然とした。


「待ってください」


 相原が反対意見を述べた。


「減っているとはいえ一個師団が一日に必要としている物資の量は半端ではありません」


 人は一日に一キロの食料を必要とされている。

 残存兵員を一万五〇〇〇とすれば、一五トンの食料を運び込む必要がある。

 爆撃機の搭載量が二トン程度のため八機以上が必要だ。


「さらに弾薬も必要です」


 小銃弾は一発二一グラム。兵員に一人につき一〇〇発が定数なので二キロ。

 一万五〇〇〇人なら三〇トン必要だ。


「弾薬を供給出来なければ抵抗できません。野戦砲の砲弾も必要です」


 野砲は一発当たり五キロの砲弾を一門当たり一〇〇発。一個中隊に四門、一個大隊に四個中隊、師団には四個大隊からなる砲兵連隊がいるので合計四八門。

 合計で二四トンの砲弾が必要。

 更に歩兵が保有する歩兵砲部隊もいる。


「ざっと計算しただけで第一師団へは一日あたり一〇〇トンの物資を空から送り込む必要があります。爆撃機の搭載量は最大で二トン。一日に延べ五〇機は必要です」


 それほどの機数を集められるほど、皇国には機体が無い。

 皆前線への何らかの任務に就いている。

 予備機も考えると絶望的な数字だ。


「全て送り込めるとは思っていないよ。包囲網の中の集積所をいくつかやられているようだがまだ物資は何割か残っているはず。少しでも降伏を先に延ばし、救援が間に合うように弾薬を送り込むんだ」

「確かに、第一師団の抵抗が長引けばこちらとしても嬉しいですね」


 帝国軍の浸透戦術は卓越している。だが歩兵が徒歩で移動するため、兵士が持って行ける物資には限界がある。

 それに、カルヴァドスに立て籠もる第一師団の為に補給線を確立できずにいるため帝国軍は進軍できない。

 それどころか、第一師団の包囲網さえ維持するのに苦労しているはずだ。


「連合軍全体による反撃の機会を得るためにも第一師団には頑張って貰う。そのために出来る限り第一師団への空中補給を行う」

「しかし爆撃機も足りません」

「新型輸送機がある。それを投入する」


 忠弥はかねてから、大洋横断用に大型旅客機の開発を進めていた。

 戦争が始まってからも、航空輸送の必要性と戦後の旅客転用を考え開発を進め、最近になって開発を終了した。

 既に試作機による実験は終わっており、量産を開始。

 十六機が配備されていた。


「これなら四トンの貨物を積んで送り込むことが出来る。前線近くの飛行場から飛ばせば燃料を少なくして更に多く運ぶことが出来る。一日の稼働機が五機として一日二回飛べば、四〇トンの物資を運べる」


 エンジンの信頼性が低く、一日飛ばすと、エンジンを取り外して整備する必要があり、稼働率は半分に満たない。最悪を想定して三〇%に設定した。

 これでも現状の技術力と整備能力、新型機にありがちな初期故障を考えれば、驚異的な数字だった。


「ですが、まだ足りません」

「足りない分は、爆撃機にグライダーを牽かせるなどして補う。それに一日四〇トンとしても数日続ければ一日二日は第一師団が敵に粘れる時間を作れる。解囲軍の集結と救援が間に合うかもしれない」

「確かに」


 一日二日持久してくれれば帝国軍の包囲も維持できなくなる可能性は高い。

 反撃作戦の拠点となり得る。

 後方から解囲軍を集合させ救援することも可能になる。


「動員できる機体を集めてくれ。当然、戦闘機を集めて制空権の確保。飛行場の安全は確保してくれ。輸送機が潰されたら意味が無いからな」

「はい!」


 こうして、忠弥の提案によるこの世界初めての空中補給作戦が開始された。

 試作の輸送機は勿論、爆撃機やグライダーがかき集められ、第一師団への補給物資とそれを積み込む人員が確保された。

 各戦区から予備の航空隊も集められ、制空権の確保、第一師団を攻撃する帝国軍陣地への爆撃を行う。

 こうして安全を確保し輸送作戦は実行された。

 その最初の飛行機が、第一師団が包囲されたカルヴァドス近郊に作られた前線飛行場に現れた。


「滑走路上の破片や石をどけて! エプロンも広く確保して!」


 忠弥の意図を理解した昴は、周りの人間に命じて滑走路へ着陸できるように準備する。

 安全が確保されると手旗信号で着陸可能である事を上空の機体に伝えた。

 大きな翼を持つ四発機がゆっくりと降りてきて着地した。

 スピードを落としつつ駐機場へ乗り付けると、停止して扉を開けた。

 中から出てきたのは忠弥だった。

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