第351話 前線統制官 地上支援誘導

「前線にスモーク、煙幕を焚いて!」

「色の出る装置なんてありませんよ」


 五輪の開会式の色つき挿絵を思い出した部隊長が申し訳なさそうに言う。


「何も青や赤を出せとは言わないわ。タイヤを燃やして黒い炎にするだけでも十分よ。周りより色の濃い目印になる煙を焚いて!」

「わ、分かりました」


 昴の剣幕に部隊指揮官が押されて直ちに実行された。

 前線の一角から黒い煙が上がる。

 昴は地図で煙の位置を確認しながら、敵の位置を、攻撃目標を指示する。


「黒い煙の場所から二時の方向へ二キロ! 盛んに発砲しているから撃って」


 掩蔽壕の観察窓から煙の位置を確認して命じる。

 双眼鏡を借りて爆撃する様子を見ている。

 攻撃機は、緩く降下して行き、爆弾を放った。


「……外れ」


 昴は淡々と言った。

 爆弾は目標を逸れて奥側に落下した。


「落ちた場所から手前二〇〇メートルに狙いを付けて投下して」


 昴の指示で新たな編隊が爆撃を行う。


「また外した」


 だが、今度は手前に一〇〇メートルずれてしまう。

 しかも直後に激しい砲撃が昴が籠もる掩体壕の周辺に降り注ぐ。


「きゃあああっっっっっ」


 分厚い盛り土が施されていても爆発の振動が頭上から響く。

 しかも外を見る観測窓に、昴が覗いている細長いスリットから爆風が飛び込んで来て、昴を倒す。


「何やっているのよ!」


 幸い生き残った昴が叫ぶ。

 撃墜され、不時着。

 包囲され味方から憎悪の視線を受ける。

 爆撃誘導の為に前線に出てきたが、敵から狙われて砲撃を受け再び命の危機に。

 恐怖と焦りから昴も声を荒げた。


「下手くそ! 外しているんじゃないわよ!」

『昴』


 怒声を上げる昴に忠弥がレシーバー越しに声をかけた。


『状況を伝えて。爆撃のための必要な情報を教えて』

「う、うん」


 忠弥の声を聴いて落ち着きを取り戻した昴は、一度深呼吸すると周囲を確認した。

 爆煙が敵の方へ流れている。


「風向きがこちら側から流れている」


 空を飛ぶ飛行機は、風の影響を受ける。

 風に飛行機が流されて針路がズレることは良くある。

 搭載してる爆弾も一緒に流されズレてしまう。

 ズレる分も計算に入れて考えなければ、命中しない。


「全機に告ぐ! 風向は西より風速二メートル。それを計算に入れて攻撃せよ」


 昴は流れる爆煙の動きから風速を推定し指示した。

 敵の砲撃が激しいが、冷静に、落ち着いて、必要な情報を精査し、短い言葉にして無線で指示を出す。


「西側から、味方陣地側から侵入して爆撃して。黒煙の真西から侵入して、目標へ向かって」


 自分が飛んでいるつもりになって、昴は目標物を伝え、飛行ルートを指示、爆撃のタイミングを伝えた。

 上空を味方機が通過した。

 敵の陣地に向かって降下を開始。

 黒煙を飛び越え、目的の敵砲兵陣地へ向かう。

 爆弾を落とした、緩やかに爆弾を落ちてゆき、地上に降りて爆発した。


「命中!」


 先ほどとは違う黒い煙が上がった。

 弾薬庫に火が回ったらしく、次々と爆発が起こっている。

 攻撃は成功だった。


「やった!」


 先ほどまで続いていた砲撃は止み、震動は少なくなった。


「ふうっ」


 爆撃が成功した安堵から昴は、レシーバーを外し観測窓から離れて空の弾薬箱の上に座った。

 砲撃が止まっただけで、非常に安堵できる。

 空から降り注ぐ砲弾が来ないだけでも安心できた。


「ありがとうございます」


 不意に、声をかけられた。

 この部隊の指揮官だった。

 中佐の階級章を付けていたので、昴は慌てて立ち上がり敬礼した。


「ああ、そのままで。あなたは空軍の所属だし、我々の恩人です」


 指揮官は昴を労った。

 彼らにとっても砲撃は非常につらいものだった。

 それが爆撃で吹き飛んでくれた。

 爆撃を誘導し、成功に導いてくれた昴は彼らにとって英雄、女神だった。


「先ほど司令部から命令がありました。直ちに前線飛行場に向かえと」

「私にですか?」

「無線機から呼びかけても連絡が無いとのことで、師団司令部を通じて要請が」

「あ」


 慌てて、外したレシーバーを付け直し無線機の通信を聴く。


『昴! 聞こえるか! 昴!』

「聞こえるわ。送って!」

『良かった、無事だったか。飛行場に迎えに行くから向かってくれ』

「でも」

『良いから! 誘導も頼みたい。以上!』


 そこで無線は切れた。


「いつも唐突なんだから」


 昴は仕方ないとばかりにレシーバーを外した。


「済みません、これから飛行場に行かなければなりません」

「分かりました。案内を出しましょう」


 指揮官はそう言って、案内役の兵士を付けて送り出してくれた。


「けど、どうして今になって飛行場に迎えを」


 小型機を送り込むなら簡単だが、その程度の事、忠弥はどうしてしなかったのだろう。

 パイロット一人を脱出させるために危険はおかせないということなのか。

 いや、パイロットは貴重だ。

 空軍が拡張され機体が増産されていても、パイロットの数は足りない。

 それに第一師団の陣地内には、昴と同じように不時着して収容されているパイロットがいる。

 彼らを回収するのは良い。


「何を考えているの」


 昴は考えたが、思いつかなかった。

 しかし答えは飛行場に来て分かった。

 飛行場に四発の大型機がやってきたのだ。

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