第349話 カルヴァドスポケット

「皇国陸軍第一師団が包囲されました!」


 昴を迎えに行こうと司令部に戻ったとき、忠弥の元に凶報が流れてきた。


「どういうことだ!」

「隣接するルシタニア陸軍が潰走しました」


 皇国の右翼にいたのは小国ルシタニアの陸軍部隊だった。

 連合国に恩を売るために帝国側と思われないように、なけなしの部隊を動員して、ようやく一個師団を編成して出撃させた。

 本来なら後方警備に使うが、消耗戦の最中、連合軍に、そんな贅沢は出来ずルシタニア軍も前線に立たされた。

 それでも連合軍も配慮し皇国軍と王国軍の間に挟まれ、双方から支援が受けられるハズだった。

 だが、帝国軍の浸透戦術の前に混乱した皇国軍と王国軍の両軍にその余裕はなかった。

 特に王国軍は酷かった。

 突撃隊が侵入してきたが、歩哨が誰何すると王国語で返事をしてきたため味方だと思い通してしまった。

 戦前、帝国から王国へ大量の出稼ぎ労働者が出ていたため、王国語や王国文化に詳しい帝国人が多くおり、彼らが徴兵で突撃隊へ配属された結果、敵中で王国人のように振る舞った。

 結果、王国軍の後方奥深くへ侵入され、指揮系統と支援組織が壊滅してしまった。

 ルシタニア軍も浸透戦術により指揮系統が混乱し、瓦解、潰走した。

 そのため第一師団の右翼はがら空きとなり後方への迂回を許し、分断されてしまった。

 運悪く、帝国軍の皇国軍方面への主攻が皇国軍のど真ん中、第一師団とその左翼にいる第二師団の丁度境界線の為、双方の連携が欠け、分断を許した。

 以上の様な要因の結果、第一師団は孤立し帝国軍に包囲されてしまった。


「救援作戦は!」

「予備の第三師団が攻撃をしましたが、押し返されました。現状維持が精一杯です。連合軍の予備もルシタニア軍が潰走した穴を塞ぐために投入されており、第一師団の救援には向かえません」

「くっ」


 戦線の後ろに回り込まれたら連合軍全体が包囲されてしまう。

 忠弥の空軍部隊にとっても拙い。

 飛行場が危険に曝されるし、補給、空を飛ぶのに必要な燃料弾薬が運ばれてこなくなる。

 補給線の確保、後方の安全の為、帝国軍を押しとどめる事は必要だった。


「第一師団は包囲網を突破するつもりはないのか?」


 包囲されたら、敵の包囲網を突破して味方と合流する作戦を思いつくのは普通だ。


「第一師団より通信が入ってます。我、包囲されたり、戦死二〇〇〇、重傷者三〇〇〇、戦闘可能な人員一万五〇〇〇、内負傷者四〇〇〇。敵の包囲網厳重なため脱出の手段無し。カルヴァドス防衛のため我らは抵抗す。我らは降伏せず」


 負傷者が多すぎて身動きが取れないようだ。

 留まって抵抗できるだけ抵抗しようとしているようだが、いつまで保つか分からない。


「もしも陥落したら」


 呟いて忠弥は身震いした。

 いくら近代になったとはいえ、落城する城で起きることなど、攻撃側の一方的な虐殺以外にない。

 降伏しても受け入れられるか。

 それまでの間に昴が戦いに巻き込まれて死んでしまうかもしれない。

 忠弥は地図をさらに確認した


「……第一師団のいるカルヴァドスは重要な拠点じゃないのか」


 地図を見ていた忠弥が尋ねた。

 いくつもの街道がカルヴァドスに向かって伸びていた。


「はい。包囲されていますが、周辺の街道が集まっており、重要です」

「カルヴァドスが陥落したら、帝国軍の大軍が周辺に展開するな」


 相原が説明した。

 塹壕で分断されているとはいえ、街道は補給路として使える。特に連合軍の補給路として使用されている箇所は道路が整っている。

 もしカルヴァドスが占領されたら整備された街道を通って帝国軍が後方に回り込んでくるだろう。


「カルヴァドスを陥落させてはならない」

「ですが増援を送るのに数日かかります」


 後方に鉄道などの輸送路を確保しているが、それでも移動するのに時間がかかる。

 反撃態勢が整うのに一週間はかかる。

 しかもルシタニア軍が潰走した穴を防ぎ突撃隊の侵入を排除する必要がある。

 予備兵力も先の攻勢でラスコーのへ回された兵力が多く、移動に時間が掛かる。

 救出作戦は遅れるだろう。


「第一師団はカルヴァドスを守り切れるか?」

「敵の攻撃で物資集積所が破壊され、砲弾と食糧が足りないようです。救援が間に合うかどうか微妙なところです」

「なら、守り切れるように我々が支援する」

「空爆を行っても効果があるかどうか」


 爆撃を行っているが、効果は少なかった。

 帝国は強固な陣地を作り砲兵を入れて、空爆から守っており、航空支援の効果を減じていた。

 物資集積所も巧妙に隠したり擬装したりしていて攻撃目標が特定できない。

 目標が見えなければ攻撃など出来ない。

 第一、第一師団の備蓄物資が足りない。

 だが忠弥は承知の上で対策を考えていた。


「空爆は行わない。第一師団を支援する」

「補給がない部隊はすぐに陥落してしまいます」

「なら我々が空から補給すれば良い」


 相原の言葉に忠弥が応えた。


「第一師団の確保している場所は?」

「カルヴァドスを中心とした直径六キロ、周囲二〇キロの範囲です」


 忠弥の質問に相原は地図の上に確保している箇所を青い線で囲み斜線で示した。


「帝国軍の攻撃が激しいため、第一師団は戦線の縮小を考えているようです」


 戦線一メートルを確保するには兵員一名が必要だ。戦闘可能な人員が負傷者を含め一万四〇〇〇しかいないのなら仕方ない。


「いや、ダメだ!」


 忠弥大きな声で叫んだ。


「現防衛線を確保するように第一師団に要請しろ」

「何故です」


 防衛線が延びすぎると兵力が薄くなり突破される危険がある。

 できる限り、短くして兵力を集中させるのが軍事常識だ。

 だが忠弥には別の理由があった。


「前線飛行場がある、ここの安全を確保するために、今の防衛線を確保して貰うんだ」

「ここから航空隊を出撃するつもりですか? 無理です。燃料弾薬の備蓄がなく、すぐに行動不能になります。むしろ撤退させるべきです」

「勿論、包囲下の前線飛行場から出撃させるつもりはない。ここに物資を満載した着陸させ補給を行うんだ」

「な」


 忠弥の作戦案に相原は驚いた。


「無茶です。そんな方法、前例がありません」


 強く反対する相原に忠弥は言った。


「前例は俺たちが作るんだ」


 忠弥の強い意志に相原は飲まれた。

 ああ、この目だ、この目が忠弥を、航空機の世界を広げたのだ。

 無謀とも言える大洋横断を成功させ、飛行機を世界中に広めたのだ。

 今もまた飛行機の世界を忠弥は押し広げようとしている。


「分かりました」


 そうとあっては相原も従うしかない、いや手伝わなければならない。

 そのために海軍から空軍へ移籍したのだ。


「使用可能な大型機、特に搭載量の大きい機体のリストを出すんだ。稼働率と現在の配置も。急げ! 武器弾薬の必要量と、調達も急げ! 時間が無いぞ」


 命令されると相原の動きは早かった。

 陸戦の経験もあるために必要な物品もすぐにあげていく。

 何より相原は飛行機が好きなのだ。飛行機を活用した作戦では生き生きする。

 こうして空軍部隊は第一師団の支援に入った。

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