第348話 昴の不時着

「何故!」


 真っ赤なプラッツDr1、自分が落としたはずのベルケの機体が飛んでいる事に昴は驚きを隠せなかった。


「無事に不時着して、予備機のある前線飛行場まで帰ったのだろう」


 忠弥の推測は当たっていた。

 ベルケは三枚翼の有り余る揚力を生かし、被弾しても残った揚力で機体を立て直した。

 卓越した技量でただでさえ操縦が難しい機体が被弾でボロボロになり、安定性を欠いた状態でも機体を操縦し、不時着した。

 駆けつけた味方の案内で、前線飛行場に戻り、換えの予備機に乗り込むと、再び出撃していった。


 紅き不死鳥


 何度落とされても再び出撃してくるベルケに付いた二つ名はここから始まる。


「なら、もう一度落としてやる!」

「待つんだ昴!」


 忠弥が止めるのも聞かず、昴はベルケの方へ向かう。

 頭に血が上った為に、最短距離をまっすぐ向かっていく。


「よせ!」


 忠弥が制止したときには遅かった。

 まっすぐに突っ込んでいった昴の突撃はプラッツDr1を自在に操るベルケのが華麗に躱した。

 そしてすれ違いざまに、ベルケが機銃掃射を行い、昴の機体を打ち抜いた。


「きゃあっ!」

「昴!」


 初風は高速で飛ぶために、抵抗を少しでも小さくしようと翼を短くしているため、揚力の余裕がない。

 ベルケに撃ち抜かれた昴の初風は、どんどん高度を落としていった。

 それでも昴は機体を操り、機体を安定させ、味方の陣地へ不時着させた。


「くっ」


 助けたいと思ったが、ベルケ相手だと自分の身を守るだけで精一杯だった。

 ベルケが復活したことで帝国軍航空隊も活気づいている。

 一方でベルケ撃墜の報道が流れていた連合軍の航空隊には動揺が広がる。


「全機! 編隊を組んで、応戦しろ!」


 忠弥は、無線を通じて叱咤激励した。


「ベルケが飛び立っても、俺たちがやる事に変わりはない。味方を守る為に制空権を確保するんだ!」


 一時は瓦解しそうになった連合軍航空部隊だが忠弥の指示で指揮を取り戻した。

 そして、激しい制空権争いが始まることになる。




「いたたた……」


 撃墜された昴は不時着の衝撃で食い込んだベルトを外しながら言う。

 苦労してベルトを外し機体から離れると案の定、漏れ出した燃料のガソリンがエンジンに掛かり火災を発生させた。


「危なかった」


 燃える自分の機体を見て間一髪だったと改めて昴は思う。

 だが、まだ助かったわけではなかった。

 昴の周囲に砲弾が降り注ぐ。


「うわあああっっっ」


 激しい砲撃音と衝撃波に昴は混乱する。


「何で私を狙うのよ!」


 昴は叫ぶが狙っているわけではない。

 制圧射撃と行って敵がいると思う場所、いたら拙い場所にとりあえず帝国軍が撃ち込み偶然、昴がそこにいただけだ。

 半径数キロにわたり何百門もの大砲が砲撃しているので、近くに砲弾が落ちてきても不思議ではなかった。


「大丈夫ですか!」


 その時、皇国語で話しかける声があった。


「あなたたちは」

「このカルヴァドス地区の陣地を守備する第一師団です! 落ちるのを見て救助に来ました!」

「ありがとう!」


 地獄に仏という言葉が昴の脳裏に浮かび上がり、心から感謝を伝えた。


「伏せながら此方へ来てください! 出来るだけ安全な場所へご案内します!」


 出来るだけ、という接頭語に不安を昴は感じたが、このまま取り残されるよりマシだと考え、陸軍兵士の後に続き、大きな溝に飛び込んだ。


「うはあっ、何ここ」

「我々の塹壕です」


 昴の言葉に、兵士が真面目に答えた。

 雨水や汚水がそこに溜まり、底はぐちょぐちょ。泥は深くブーツのくるぶしまで埋まり凍るような冷たさだ。しかも水気がブーツの中にまで入ってくる。

 このままいたら水虫と凍傷になりかねない。

 渡し板の上に脚を乗せるが、板の上にまで泥が乗っていて歩きづらい。


「うわっ」


 気をつけていたが滑って転んでしまった。

 慎重に歩こうとするが背後で砲弾が炸裂する。


「急いでください!」


 案内役の兵士にせかされて昴は駆け出した。

 どろんこになっても死ぬよりマシだ。

 死んだら忠弥にも会えない。

 何度も転びながらも、第一師団司令部に案内された。

 会談を何段も降った地下に設けられており砲撃の振動も少なかった。


「はあ、良かった」


 昴は安堵した。

 ここまでくれば、後方に送って貰えると思ったからだ。


「何! 右翼ルシタニア軍が突破されただと! 王国軍はどうした! 打撃を受けているだと!」


 だが緊迫した声が、恐怖のにじみ出る悲鳴のような怒号が司令部に流れると昴の不安は強まった。

 そして最悪の事態となった。


「後方連絡線が断たれました! 我々は包囲されています!」

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