第344話 新たな攻勢

「これでは、我々は活動出来ません」


 数回目の出撃後エーペンシュタインは怒りをぶちまけた。

 何度も出撃しても、プラッツDr1が戦場に駆けつければ敵が逃げ出していくため撃墜数が伸ばせない。

 これでは燃料を無駄にしているだけだ。


「敵機の活動を抑制しているんだ。それだけでも十分だ」


 ベルケは慰めるように言った。

 プラッツDr1が戦場に現れれば敵機は逃げ出していくしかない。

 それだけでも敵の航空攻撃を抑制し、味方を守る――敵に味方への攻撃を断念させる事が出来ている。


「しかし、我々の目的は敵の撃墜です!」


 だが若いエーペンシュタインは、敵機を撃墜できないことに苛立っていた。

 戦闘機パイロットは、敵を撃墜するために存在するのであって、ただ空を飛ぶパイロットとは全く違う。

 それが彼らのプライドの高さの源泉であり、選ばれた存在であるという誇りであり、劣悪な戦場でも、戦い続ける闘志の源泉だった。

 なのに敵を撃墜できないと、自分の存在意義があやふやになってしまう。

 敵を撃墜できないのは心理的にもよろしくない


「敵機の撃墜に向かうべきです」

「だが、飛行場が前線から遠い」

「ぐっ」


 幾ら優秀な戦闘機パイロットでも最前線と飛行場の距離は縮めようがなかった。

 敵機ならいくらでも相手にしてやるが、距離を縮めることなど出来ない。

 前線飛行場の事情は分かっていたつもりだが、改めて突きつけられたエーペンシュタインは黙り込んでしまった。


「かつての中間地帯を越えることは施設部隊に任せて、新たな作戦に取りかかるぞ」

「新たな攻勢ですか?」

「ああ、パリシイへの攻勢は頓挫しつつある。そこで、北方の王国軍と皇国軍の補給路、港と前線を結ぶ地域へ攻撃を仕掛ける」


 遠征軍である彼らは本国からの補給に頼っている。これを遮断すれば、降伏するしかない。


「当然、阻止するために戦闘機隊が出てくるだろう。我々は、戦場上空の制空権確保にあたる」

「敵も迎撃に出てくるでしょうね」

「ああ、しかも、戦線が膠着していた箇所から攻撃を仕掛けるから前線飛行場も近い。十分に活躍できるぞ」

「腕が鳴ります!」


 敵機撃墜の機会が得られたエーペンシュタインは喜び、早速準備を始めた。

 だがベルケの顔は曇ったままだった。


「今回の攻勢が頓挫したのに、新たな攻勢を仕掛けても同じではないか」


 パリシイへ近づくことに成功したが、攻勢は頓挫し、進撃が鈍った地点で新たな膠着状態が出来つつあり更なる進撃は望めそうにない。

 浸透戦術で打開したが、敵を殲滅する主戦力である砲兵が追随出来ず、敵が防御を固めると止まってしまった。

 結局、次の塹壕戦を生み出しただけで、事態は変わっていない。

 新たに攻勢を仕掛けても同じように、戦線膠着となる。

 地上戦がどうなるのか分からないが、航空戦に関しては現状と同じ状況。

 制空権を確保しても、地上部隊の進撃に前線飛行場の確保が追いつかない、好立地を得ても燃料の輸送と整備部隊が移動できず、前進できず新たな戦場の制空権が確保できない状態になる。


「だが、命令には従うのみだ」


 ベルケは帝国の軍人であり、命令には従う。

 例え不可能であっても最善を尽くすのがベルケの役目であり自分に課した義務だった。




「総攻撃が開始されました!」

「全機発進だ!」


 伝令の報告でベルケは指揮下の部下に命じ、離陸していく。

 奇襲性、敵の不意を突くため、攻撃前は通常の上空哨戒と迎撃以外の行動は全て禁止されている。

 攻撃の主力となる砲兵さえ事前の試射を禁止されている程だ。

 予め、後方の安全な地域で砲の癖を把握し、移動直後に決められた砲撃目標へ寸分泣く砲撃する方法を編み出したくらいの執念だった。

 実際、砲兵の砲撃は上手く行き命中率は高い。

 因みにこの方法は戦後全世界に広まり、一世紀経っても一部修正が加えられても基本マニュアルとして残り続けている。

 それぐらい砲兵は浸透作戦に必要である。

 砲撃前に徹底的に隠れて、上空の航空偵察さえ欺瞞するために砲をカモフラージュするくらいだ。

 おかげで待機中に航空攻撃は受けない。

 しかし、攻撃開始後は、発砲によって位置を暴露してしまい敵の攻撃目標になってしまう。

 敵の偵察と攻撃を排除するのがベルケ達戦闘機隊の任務だった。


「全機注意しろ! このあたりは皇国の戦区だ。必ず忠弥さんの戦闘機隊が来るぞ!」


 忠弥ならば軍に関係なく移動するだろうが、さすがに共和国軍とは馬が合わず、出撃した形跡がない。

 恐らく、皇国軍の近くで行動しているはずだ。

 ならば間もなく来るはずだ。

 予想は当たり、皇国空軍の戦闘機初風がやってきた。

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