第332話 アルバトロスⅡ

「一体何をする気なんだ」


 捕虜となった山路少尉は、アルバトロスⅡの艦上で比較的自由に過ごした。

 さすがに弾薬庫などに近づくことは許されなかったが指定された居室と甲板上は自由に過ごせた。

 話し相手がいないのか、乗組員も気さくに話しかけてきている。

 しかし作戦内容に関しては口をつぐんだままだった。

 やがて船は皇国本土の北端に近い島の小さな湾に入ってきた。

 主要航路から離れ、漁場でも無いため人目に付かない場所だ。

 隠れるにはもってこいの場所だが、何をするか不明で気味が悪い。

 なぜか帆桁を全て下ろしているし何をしようとしているのが不明だ。

 そして小舟でこの船に訪れた人間もいた。

 恐らく皇国に放たれたスパイだろう。情報のやりとりを行う。

 何の目的か山路はできる限り探ろうとしたが、任官したばかりの少尉には耳に聞こえてくる言葉だけからでは分からない。

 だが、何故このような事をしているのかすぐに分かった

 空から轟音が響いてきたからだ。


「あれは」


 大型の飛行船だった。

 それも大鳳型空中空母クラスの大型飛行船。

 だが、マークは帝国のものだった。


「カルタゴニア級か」


 かつて暗黒大陸と大洋で暴れ回った飛行船だ。

 だが皇国空軍の活躍により、追い出されたハズだった。

 それがどうしてこのような場所に来たのか山路には分からなかった。

 しかも二隻同時だ。


「係留用意!」


 ルーディッケ中佐の命令で前後のマストに、係留用の器具が引き上げられ先端に固定された。

 そこに向かって二隻の飛行船が接近し、接続された。


「マストが多いとこういうとき便利だ」


 二隻の飛行船が自艦のマストに接続されたのを見てルーディッケ中佐は嬉しそうに言う。


「給油作業開始! 急げ! 二隻も待っているんだからな!」


 甲板に士官の叱咤が響く。

 飛行船から降ろされてきたホースを戦争の燃料給油口に接続しポンプで飛行船へガソリンを圧送していく。

 その間飛行船の艦長がルーディッケ中佐に話しかけてくる。


「無事に合流できて嬉しいですよルーディッケ中佐」

「此方もだ。せっかく持ってきたガソリンが勿体ないし、早く通商破壊に行きたかったからな」

「ありがとうございます。此方は御礼の品です」


 飛行船から降ろされたのは帝国本土で採れたばかりの生鮮食料品だった。

 長い航海では、生ものは腐ってしまうため殆ど食べられない。

 だから洋上艦乗りにとって野菜はお宝だ。

 送られてきた食料品に乗員は歓声を上げ、作業のスピードが一段と高まる。


「それと攻撃目標の詳細な情報だ」

「待っていました」


 ルーディッケ中佐は飛行船の艦長に先ほどやってきた人物がもたらした情報を飛行船の艦長に見せた。

 そして細かい情報、ここ数日の気象予想を伝えている。

 詰まり、ここ数日以内にどこか近くで作戦行動を行うようだ。


「給油作業終了!」

「全艦準備完了しました」

「よし、切り離せ!」


 ルーディッケ中佐の命令で係留器具のロックが解放され飛行船二隻はマストから離れてゆき、西の空へ飛び去っていった。


「さて、あとは彼らが無事に作戦を成功させるのを待つばかりだな」


 ルーディッケ中佐は一仕事を終えたように満足そうな笑みを浮かべた。


「こちらも早速仕事に掛かるとしよう。この大仕事を終えたら、通商破壊を行うと決めていたのだからな。進路を東へ! 彼らの作戦を援護するため東側で商船を襲撃する」


 西側で何かをやらかす気なのは分かった。

 だが、飛行船二隻だけで何ができるのか山路には分からなかった。


「さて山路少尉。これから我々は通商破壊に入る。これまでさみしい思いをしただろうが、意味の仲間が増えるぞ」


 このまま東に向かえば皇国の沿岸航路に入る。

 旧大陸への航路は船団を組んでいるが、沿岸航路だと本土に近いため単船での航行が主であり、隠顕式の10.5サンチ砲二門だけのアルバトロスⅡでも襲撃できる。


「君も見張りに出ても良いぞ。船を見つけたら捕虜であろうと報奨金を出そう」


 捕虜にさえ見張りを求め、獲物である商船を見つければ報奨金を出すとはルーディッケ中佐は中々頭が良かった。


「お断りする」


 しかし、 皇国海軍軍人としてそれはできない相談だった。

 山路は断固拒否した。

 部下達にも徹底させ、見張りに加わらないように、見つけても報告しないよう言い聞かせた。

 だが、主要航路のため、すぐに商船が見つかり拿捕した。

 その商船の乗組員は規律も士気もあまりよろしくなく、見張りに参加し、皇国の商船をルーディッケ中佐に報告し報奨金を受け取っていた。

 その様子を山路はウンザリした気分で見ていた。

 だが、それ以上にあの飛行船が何をしようとしているのか、気になっていた。

 数日後、飛行船の挙げた戦果をラジオから聞いた山路は驚愕することになる。

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