第331話 軽巡洋艦石狩

「台風一過だな」


 皇国の北方洋上を航行中の巡洋艦石狩に配属された山路少尉は嵐が晴れたことに感謝した。

 当直で見張り台に立つのは晴れていた方が良い。

 ずぶ濡れの濡れ鼠など勘弁願いたいからだ。

 波風の激しい嵐の中、山のような波に襲われ、流されそうになるのを堪えるのは大変だ。

 自分の当直前に晴れたことを山路は感謝した。

 その時、水平線上に船のマストが見えた。


「前方に船影あり!」


 山路が報告すると艦長は臨検するべく艦を近づけるよう命じた。

 大陸近くに王国の封鎖線はあるが、時折帝国の通商破壊艦がすり抜ける事があり油断できない。

 飛行船の哨戒も行われているが、数が足りないため船団護衛に使われている。

 石狩も機関故障が直った今、できるだけ早く船団にと流するよう命じられ単艦で合流を急いでいた。

 潜水艦の襲撃が激しく、最近の商船は全て船団を組む。

 船団を組まない船は、自己責任として襲われても何ら保護を受けない。

 だから単独航行している船は怪しかった。

 石狩は航行していた帆船に近づくと相手の名前が分かった。中立国の商船イルマ号だ。

 怪しいと考え艦長は停船するよう命令し、山路少尉を隊長とする臨検隊十名が派遣された。


「ようこそイルマ号へ。しかし我々は先を急いでいるのですが」


 イルマ号の船長は山路達を迎えたが歓迎してはいなかった。

 臨検は各国軍艦に与えられた権限とはいえ、足止めされ、土足で踏み込まれるのを喜ぶ人間はいない。


「帝国の通商破壊艦かもしれないので。航海日誌を見せて貰えますか?」

「どうぞ」


 船長は提出した。

 ざっと見たところ怪しいところはなかった。

 連合国が把握しているイルマ号の入出港記録と合致していた。

 だが、山路が驚愕したのは、二日前の記述だった。


「アルバトロスⅡの臨検を受けたですと」

「はい」


 船長は頷いた。

 かつて暗黒大陸での空中機動戦で帝国側飛行船に補給を行ったアルバトロス。その後継艦として商船を改造し出港したという噂が連合軍には流れていた。

 しかも艦長のルーディッケは大胆不敵にも通商破壊を行う勇者だ。

 前回も、商船や飛行船母艦を捕獲、特に母艦は搭載されていた予備部品を奪われ、的の飛行船が活躍する原因となった。

 今回も艦長として参加しているという情報が入っており、連合国は警戒していた。


「アルバトロスは何か言っていませんでしたか?」

「我々はメイフラワー近海で活動するので、メイフラワー方面に向かわないように、と言われました。それで我々は皇国の近くを通ろうとしていました」

「直ちに石狩に報告だ」


 山路の報告は臨検隊の水兵が手旗信号で、石狩に伝えた。

 追撃に向かう、と石狩からの返信がすぐにあり、早速、石狩は速力を上げて進み始めた。

 山路少尉達を収容する時間も惜しかった。

 山路達にはイルマ号を皇国の港へ回航せよと命令を与えていた。


「やれやれ、置いてけぼりか」


 イルマ号にはいくつか不審な点があったり帝国と貿易を行った疑いがあり、見つけ次第回航することが決まっていた。


「申し訳ないが、皇国に向かってください」

「分かりました」


 勝手に行き先を変更させられた船長は不満そうに言った。


「まあ、お客さんとして迎えることにしましょう。どうぞこちらへ。小さな船ですが歓迎致しましょう」

「お気遣いありがとうございます」


 それでも海の慣習に従い、イルマ号が自分たちを来客としてもてなしてくれる事に山路は感謝し、恐縮した。

 案内されたのが綺麗に整えられたラウンジであったことも余計に心苦しかった。


「さあ、皆さんどうぞおかけください」


 訓練されているのか手慣れた様子で食事の用意が進められていく。

 山路は自分達の服装を確認した。

 相手が礼節を以て迎えてくれるならこちらも整えなければ。

 一応、海軍兵であり服装は整っている。だが、臨検に来たとはいえ食事に小銃は無粋だった。

 だが近くに置いておかないと不安だ。

 ラウンジを見るとドアから離れた一角に丁度小銃を置けるラックがあった。

 水夫が入ってくる場所から遠く、すぐに手に取れる位置だった。


「済みません、あちらに銃を置かせていただけますか?」

「構いません」


 船長の許可を得て山路は水兵達に銃を置くよう命じた。


「さあ、宴といきましょう」


 船長の言葉から山路少尉達を歓迎する宴が始まった。

 酒も出され、皇国海軍の規定に従い、任務に支障の無い範囲で飲むことを許した。

 出される食事は美味しく山路は酒も入り上機嫌だった。


「さて、そろそろデザートといきましょうか」


 メインを食べ終わり、満足した山路は名残惜しく思った。

 船長が指を鳴らすと突如床が下がり始めた。


「え?」


 何が起きたのか分からず、山路は船長やテーブルと部下達と共に床が下がり、天井が遠のいて行くのを見ているしかなかった。

 銃を手に取ろうとしたがあ既にラックは遙か頭上に離れており、手が届かない。

 そして、下の甲板まで床が降りると、帝国軍制式小銃を構えた帝国海軍水兵が山路達を囲むように立ち並び銃口を向けていた。


「船長これは」


 山路は驚きながら船長に尋ねた。

 船長は先ほどまでは打って変わり、不機嫌さも怯えも消えて、戦果を上げ自信満々な軍人、いや、いたずらが成功した少年のような笑みを浮かべて自己紹介を始めた。


「皇国海軍将兵の皆さん。謀って済みません。改めて自己紹介しましょう」


 船長は朗々と演説を始めた。


「自分はハイデルベルク帝国海軍仮装巡洋艦アルバトロスⅡ艦長ルーディッケ中佐であります。山路少尉、貴官達は私どもの捕虜となっていただきます」


 山路は愕然とした。

 追いかけていたアルバトロスⅡが、まさかイルマ号に化けていたとは。

 しかも自分達は、のこのこと乗船し、油断し、武器を手放して罠に嵌まって捕まって仕舞った。

 間抜けとしか言い様がなかった。


「分かりました。降伏します」


 武器もなく囲まれてはどうしようもなく山路は部下の命を救うため降伏した。


「ありがとうございます。ああ、どうぞ席にもう一度着いてください」

「どういうことですか?」


 捕虜として牢に入れられることを覚悟していた山路は意外な言葉に驚き尋ねた。


「デザートがまだです。それを召し上がらないと宴が終わりません。捕虜となるのはそれからでも良いでしょう」


 勝者の余裕でルーディッケ中佐は山路に言った。


「銃を下ろして貰えますか?」

「抵抗しないと約束していただければ」

「少なくとも、食事の間はしませんよ」

「ならば客人として迎えましょう」


 ルーディッケ中佐は部下に銃を下ろすよう命じ、山路達と最後まで宴を楽しんだ後、彼らの部屋、捕虜収容区画へ案内した。


 こうしてルーディッケ中佐率いるアルバトロスⅡは、封鎖線を突破し、最後の関門をすり抜け、作戦行動に入った。

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