第329話 ヤークトグルッペとヤークトフェシュヴァーダー

「最後の戦いか」


 帝国の最終決戦宣言を聞いていたベルケは、嘆息する。

 最早、戦えないことは分かっている。

 だが、決断されたからには従わなければならない。


「航空機の配備は?」

「補充は進んでいます。機種転換に混乱が出ましたが、工場は無事ですので訓練場所を変えて行っています」


 機体開発と生産を担当するプラッツが答えた。

 先のブルッヘ襲撃により機種転換基地が打撃を受けたが、生産工場は無事なので訓練場所を移して部隊錬成を続けていた。


「一月で各種航空機二〇〇〇機、三ヶ月で六〇〇〇機は生産できました」


 帝国は攻撃を行うために航空機の増強を行っておりなけなしの資材と労働力を使って航空機の生産を進め、一大航空戦力を出現させた。


「かなりのヤシュタができるな」


 ヤシュタとは戦闘機中隊のことで四機小隊三個で一二機の中隊を編成する。

 生産される航空機の半数は戦闘機であり、六〇〇機ほど予備――整備や訓練などで後方に保管される機体があるが残りの二四〇〇機は、二〇〇個のヤシュタ――戦闘機中隊が編成される。

 これで、前線の制空権を一挙に制圧しようとしていた。


「だが、まだ足りない」


 しかしベルケは不満足だった。

 これだけの機体を集めても忠弥に勝てるとは思えなかった。


「プラッツ君、例の機体プラッツDr1はできているか?」

「はい生産は進めています。現在の生産数は二〇〇機ほどです。ですが、本気ですか?」


 プラッツは改めて尋ねた。


「不空の機材が存在するのは、兵站に負担をかけることになります」

「構わない、このプラッツDr1でヤークトフェシュヴァーダーを編成。機動運用する」


 ベルケは戦闘機部隊をヤークトグルッペとヤークトフェシュヴァーダーの二つに分けて設立した。

 二つともヤシュタを四つ持ち五〇機ほどの戦闘機を有する。

 違いは所属だ。

 ヤークトグルッペは各野戦軍に配備され、野戦軍上空の制空権を確保する。

 一方のヤークトフェシュヴァーダーは航空隊直属、ベルケの指揮下で重要とされる戦区に赴き、制空権を確保するのだ。


「プラッツⅣでもヤークトフェシュヴァーダーを編成するが、主力はプラッツDr1だ。

「しかし、プラッツDr1は難しい機体です」

「知っている。だが、他に敵の新型機に対抗できる機体は無い」


 ベルケの言葉にプラッツは言い返せなかった。

 先のブルッヘ襲撃で忠弥の新型戦闘機がプラッツⅣを次々と撃墜、制空権を奪っていった。

 次の決戦で連合軍の航空隊を圧倒するハズだったプラッツⅣが劣勢だった事を重く見たベルケは制空権確保に疑問を抱き、確実にするためにプラッツDr1の製造と配備を命じた。


「君の開発したプラッツDr1は素晴らしい機体だ。連合軍の戦闘機を駆逐できる。」

「ですが元々プラッツDr1は実験機です」


 空戦での優位を獲得するために高機動の戦闘機を開発することを計画していた。

 プラッツDr1はそのための試作機だったが、優れた性能を示したためベルケが正規採用を決定した。


「軽量化の為に強度が不十分です。保証できません。また、飛行が難しい機体です」


 飛行機は安定性と運動性はトレードオフだ。

 安定性を重視すると滅多なことでは機体は傾かないが、進路を変えたりするのが難しくなり、咄嗟の回避行動に遅れが出る。

 激しい空戦を行う戦闘機には最悪の欠点だ。

 一方、操縦性を重視すると機敏になるが、安定した飛行が難しくなり、一寸油断すると、機体が上下逆さになったり、最悪の場合、操縦不能となって墜落の危険がある。

 プラッツは自分の開発したプラッツDr1は特に操縦が難しい機体と考えており、とても実践に提供できないと考えていた。


「大丈夫だ」


 しかしベルケは自信を持っていた。


「プラッツDr1は熟練飛行士に任せる」

「ですが上手くいきますか」

「彼らは精鋭だ。必ず上手くいく」

「ですが雲霞の如くやってくる連合軍に対抗できるでしょうか?」


 プラッツは不安を口にした。

 危ういところがあるが自分の開発した機体プラッツDr1が優れている自信はある。

 だが、幾ら高性能な機体を持ち込んでも、優位な戦場を設定しても、途方もない物量を誇る連合軍相手に戦えるのか疑問だった。


「敵の数が心配か?」

「はい、囲まれたらお終いです」


 一対一なら自信はある。だが一対三とか四となると囲まれて撃墜されてしまう。

 機体性能さえ発揮できず撃墜されてしまうだろう。

 自分たちは六千機もの航空機を生産したが、連合軍はその三倍の機数を生産している。

 それも戦場から離れ潤沢な資源を使える皇国と航空産業を起こした島津と岩菱の持つ航空機生産工場が稼働し、二つの工場だけで毎月一千機以上の飛行機を生産しているからだ。

 卑怯とは思わない。

 それが戦争であり、現実なのだ。

 数を揃えて戦場に送り込むことが戦争における勝利の絶対条件である。

 個々の武勇に頼るような時代ではない。


「大丈夫だ。方法は考えてある」


 勿論ベルケも理解しており方策は立てていた。


「どのような方法ですか?」

「敵を分散させれば良い。それだけだ」


 ベルケは不敵に笑った。

 どんな方法かプラッツには分からない。

 ここ数日飛行機の生産工場を見学していたが、てっきり生産数の更なる拡大を求めるのではと思って居たが違った。

 工場の設備について聞き回っていただけだ。

 ベルケが何を企んでいるのかプラッツには分からなかった。

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