第327話 東部戦線には勝利したが戦争の勝ち目がない

「現状、帝国の勝算はないと言って良いでしょう」


 開かれた御前会議で軍務大臣は断言した。


「何故そう言いきれる!」


 参謀総長は声高に反論する。

 だが、軍務大臣は予想しており冷静に答えた。


「大公国を下し東部戦線を終結させたぞ。西部戦線へ回せる戦力ができたのだぞ」

「先日のブルッヘ襲撃により無制限潜水艦作戦の遂行が不可能になった。王国も共和国も物資を海外から手に入れる事が出来る。それどころか、参戦した合衆国も大軍を送り込むことが出来る」


 大洋で猛威を振るった潜水艦は連合軍の航空隊が洋上哨戒するようになると行動範囲を狭め戦果が急降下した。

 それでも何とか出撃し、細々と戦果を挙げていたが、それも支援基地となるブルッヘが襲撃され、機能停止した今、見込めない。

 王国は息を吹き返し、二枚だった朝食のトーストは三枚に戻り、武器弾薬を前線に送り込んでいる。

 合衆国から大量の援助物資と百万にも上る援軍の存在もある。

 海上輸送中を潜水艦で襲撃する案もあったが、ブルッヘ襲撃以降は不可能だ。

 そもそも、無制限潜水艦作戦によって合衆国を参戦させてしまった。

 結果論であるが悪手であったとしか言い様がない。


「我々は、連合の大攻勢に耐えられるだけの戦力は最早ない」

「終結させた東部戦線から精鋭を回せる」

「講和条約で領土を割譲したせいで無理だろう。占領地統治のための部隊に取られており足りない」


 戦勝した証として広大な領土を大公国いや革命によって連邦に変わった国から得た帝国だった。

 だが、獲得した領土統治のために軍隊の駐留が必要だった。

 革命の余波で行政府が混乱している上に、規律を失った軍隊から脱走、それも個人ではなく部隊単位での脱走や、離脱による軍閥化も発生しており、装備の整った部隊を駐留させる必要が出てきた。

 そのため、西部戦線へは思った程、部隊を回せなかった。


「敗残軍などすぐに掃滅できる」

「楽観的な推測だな。新たな部隊を送る必要が出るかもしれんぞ。それに精鋭と言うが我が軍も脱走も相次いでいるぞ」

「何故だ」

「戦いに勝って故郷に凱旋しようとしようとしていた。だが故郷の目の前で、新たな戦場へ向かえと言われれば、逃げ出したくなる」


 東部戦線から西部戦線へ向かおうとすれば、帝国本土を通ることになる。

 故郷の近くを通る時、望郷の念から、あるいは長い戦いの後の厭戦気分から隊列から抜け出す、あるいは列車を飛び降りて家に帰ろうとする兵士が多数現れても不思議ではない。


「報告では既に一割が脱走している。これは先週の数字だが、恐らく二割に達するだろう」


 軍務大臣の推測は正しく、戦線への移動中、最終的に二割の兵士が脱走していた。


「このような状況では、兵力の増強は無理だ」

「脱走兵は最前線に送ればいいっ!」

「送ったところで役に立つか? まあ送ったところで兵器がない」

「何故だ!」

「貿易が途絶えている。希少金属の輸入がなくなりこれ以上生産は出来ない」

「潜水商船が運んできた物があるだろう」

「確かに数ヶ月分の備蓄はある。だが、備蓄が途切れれば、生産は出来ない。何しろ原料自体がないのだからな」


 軍務大臣は一度口を閉じると、言った。


「最早、勝機は無い。ここは講和を」

「何故だ! 最後の一戦を行うべきではないか。それだけの力があるであろう」

「だからこそだ」


 軍務大臣は静かに伝えた。


「我が帝国には今最後の一戦を行えるだけの力がある。敵に打撃を与えられる力が。敵国を動揺させられる力が。だが最後の一戦のあと、その余力、戦う力は帝国には無い」

「勝利すれば良いではないか!」

「勝っても負けても同じだ」


 勝利しても損害が皆無ということはない。

 そして攻撃すれば弾薬を大量に使う。

 使った弾薬は補給しなければらないが補充の見込みはない。

 次の一戦はまさに最後の一戦であり、次の次の戦いなど出来ない。

 勝ってさえこの有様であり負けたら……考えたくもないが、何も残らないだろう。


「ならばこの戦力を生かして講和を。できる限り有利な条件で連合と講和したほうが良い」

「負けを認めるのか!」

「実際、そうだろう」


 次の一戦で最後なのだ。勝っても負けても同じなら戦う前に講和交渉に戦力を、自軍への損害を想起させて交渉を有利にするために使うべきだ。

 と、軍務大臣は考えていた。

 しかし、参謀総長は違った。


「だが、連合が帝国を残すと思うか?」 

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