第324話 脱出

「堀内達が脱出するぞ! 彼らが離水できるよう空域を確保しろ!」


 フィアレスから飛び立った忠弥は無線で戦闘機隊に呼びかける。

 疾鷹の編隊が集まり、プラッツⅣを追い払う。

 岸から離れた飛行艇は人工湖を滑走し次々と離水していく。

 最後は、堀内の乗る飛行艇で、滑走を始めようとした。

 だが、低空からプラッツⅣが飛行艇を狙って銃撃を加えようとしていた。


「ちっ」


 忠弥は機体を駆ってプラッツⅣへ向かう。

 プラッツⅣを捉え機銃を放つが、一瞬遅かった。

 敵機の銃撃が放たれ堀内達が乗った飛行艇に直撃し翼にあたる。

 攻撃に集中しすぎたために、忠弥に気がつかずすぐに被弾墜落し、それ以上の損害は出なかった。


「ダメだ! 揚力が足りない!」


 だが、翼を撃たれた飛行艇は穴が空いたため、揚力が低下。

 多くの隊員を乗せていたため、機体は重く、徐々に降下していった。


「ダメか」


 このまま飛行しても王国本土にたどり着けそうにない。

 ならば、捕虜にならないために、機体の秘密を守るためにひと思いに敵に体当たりしようか、と堀内は考えた。


「飛べっ」


 だがそこに忠弥の声が無線で響いた。


「一メートルでも高く長く飛ぶんだ!」


 忠弥が叫び声が響き、堀内の体当たりしようという考えは吹き飛んだ。

 だが現実問題、揚力が足りない。

 このままでは落ちる。

 それは忠弥にも分かっていた。

 だから、飛行艇が飛べるようにする。


「おりゃっ」


 忠弥は、堀内の機体の右前に飛び出すと、翼の無事な部分に自機のプロペラ旋風を浴びせた。

 揚力は対気速度で決まる。

 強く速い風を浴びせれば、揚力は大きくなる。

 ジェット機よりプロペラ機の離陸距離が短いのは、プロペラから発生する気流が翼に当たり揚力が増すのも一因だ。

 忠弥は自分の機体が発生させるプロペラの風を堀内の機体に流し揚力を増そうとした。


「こっちは任せて」


 右だけではバランスが悪いので左へは昴が飛び出して風を当てる。


「あ、上がっている」


床が上がってくるような力を堀内は感じた。

 二機の気流を受けた飛行艇は揚力を取り戻し浮き上がった。

 地面に落ちそうになっていた飛行艇は上昇する。

 先ほどまで相原達が戦闘を繰り広げていた沿岸砲台を飛び越え、海に出て行く。

 隊員達に安堵の表情が浮かぶ。

 だが、忠弥は気が気ではなかった。


「保ってくれよ」


 機体の位置を制御するのも難しいが、プロペラ後流を当てている飛行艇の翼が保つか心配だった。

 プロペラから出てくる気流は乱気流であり、翼を掻き回し余計な力を与える。

 ただでさえ被弾してボロボロになっている翼に余計な力を加えることになり折れないか心配だ。


「拙いっ」


 飛行艇の翼が小刻みに揺れ始めた。

 フラッター現象、翼が旗のようにはためいたり、揺れる現象だ。

 軽量化のために翼はしなやかに作られており先端が揺れやすい。

 大きくしなっても、折れにくくなっているが、限界はある。

 特に小刻みに長時間揺れると翼を破壊してしまう。


「離脱!」


 忠弥は翼が折れるのを避けるため、昴と共に離れた。

 風が弱まった翼は揚力が低下し、機体は降下する。


「不時着する! 掴まれ!」


 堀内の言葉に全員が慌ててしがみついた次の瞬間、激しい衝撃と共に機体は海面に不時着した。


「皆大丈夫か!」


 堀内が点呼をとると軽傷者はいたが全員無事だった。

 ホッとした堀内だが、帰還する術がない。


「陸よりボートが接近してきます!」


 見張りに出ていた隊員が大声で報告する。

 敵のボートかと思い装備を投棄して投降しようと考えるが違った。


「味方です! 王国の奇襲ボートだ!」


 沿岸作戦用に開発された王国の小型高速ボートだった。

 帝国占領下の沿岸部に密かに上陸し、非常時に高速で脱出するボートだ。

 今回の作戦では閉塞船の乗員および沿岸砲台襲撃チームの回収に使用されていた。


「堀内中佐! 無事か!」

「相原大佐! 此方は全員無事です!」

「よし、急いで」


 ボートに同乗していた相原大佐を見た堀内は、部下を助けられると確信し、ようやく安堵した。

 沈没寸前の飛行艇から人員を全てボートに移すと、ボートは飛行艇から離れ、沖合の母艦に向かって逃走した。


「作戦終了、全機帰還せよ」


 最後のボートが全て撤退するのを見届けた忠弥は反転し、味方艦隊の近くに着水して収容され、撤退した。  

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