第300話 緊急脱出装置

「攻撃されたのね」


 ロケット弾の爆発で機体が揺さぶられる中、優里亜はすぐに自分の置かれた状況を認識し確認した。

 先んじて外の異変に気が付き、心構えが出来ていたので、多少は落ち着くことが出来た。


「な、何っ! 何っ!」


 だが、後席の聡美は違った。

 これから撮影に入るため余計な事を伝え、混乱させる必要は無いと判断した優里亜が外の異変を伝えなかったため、予想外の爆発と振動のため混乱した。


「炎っ! いやあっ!」


 パニックになった聡美は外を見ると、爆発するロケット弾と放たれた弾子が鮮やかに広がり聡美をさらに恐怖に陥れる。


「落ち着いて聡美!」


 伝わらないと分かっていても優里亜は大声で叫んだ。

 だが、聡美には伝わらず混乱は続いた。

 そして、聡美は回避行動をしようと、いや危機から逃れようという生物的本能から後席の操縦桿を握って倒した。

 黒鳥は抜群の高空飛行性能を持っているが、そのためにそれ以外の部分は他の航空機より貧弱であり、飛行には大きな制限がある。

 急の付く飛行など厳禁。急旋回も、禁止事項に入る。

 具体的には操縦桿を思いっきり倒してはならない。

 旋回の遠心力で翼に負荷がかかり途中で折れてしまうからだ。

 優里亜が両腕で止めたが、聡美の火事場の馬鹿力的な力で操縦桿が倒され、機体は左へ急旋回。

 外側の右翼が半ばでへし折れた。


「拙い!」


 片翼を半分無くし、揚力を失った黒鳥は地上へ落ちていく。


「まだ、大丈夫。聡美! 落ち着いて!」


 後ろの壁を強く叩いて聡美を勝機に戻した優里亜は操縦桿を操り、機体を水平にする。

 片翼が半分折れたが、残り半分でも高度を低くすれば十分に飛べる。

 高度が四〇〇〇メートルまで落ちたが優里亜は機体を安定させる事が出来た。

 片翼のためバランスを取るのに操縦桿を左へ傾け続けなければならないが、それでも飛び続けた。


「こんな状態で飛び続けたなんて凄いわね司令官は」


 先日の戦闘で片翼を奪われても飛び続けた司令官の話は既に空軍内で伝わっており、優里亜も知っていた。

 とても自分には出来ないと思っていたが、聞いていたおかげでぶっつけ本番で出来た。


「あたしも意外に腕が良いのね。でも着艦は無理かな」


 何とか飛行を安定させた優里亜は緊張をほぐすべく軽口を言う。

 だが飛行している高度は四〇〇〇メートル、敵戦闘機の実用作戦高度――カタログスペックではなく、高高度迎撃用で無くても現実に戦闘機が飛行できる高度だった。

 予め空中で待機していた戦闘機が殺到し、黒鳥へ攻撃を仕掛ける。

 数発が燃料タンクを貫き燃料が漏れ出した。

 空気抵抗が少ない高空を飛ぶため、燃費の良い黒鳥だが高度が下がって抵抗が増えたために燃費が悪化しているところに燃料漏れ。

 母船に戻るのは不可能になった。

 しかも、漏れた燃料が燃えだした。


「緊急脱出する」


 優里亜は両脚の間にある緊急脱出レバーを引いた。

 頭上のハッチが爆発ボルトによって吹き飛び空が直接見える。

 直後、座席に着けられたロケットが点火して優里亜を座席ごと外へ出した。

 緊急脱出装置。

 動くのも困難な与圧服を着せられている黒鳥パイロットの為に作られた装置だった。

 原理は現代の戦闘機のベルアウト装置――緊急脱出装置と同じで、両脚の間のレバーを引くと脱出方向のハッチやキャノピーが爆破ボルトで吹き飛び、座席下のロケットが作動して座席ごとパイロットを外に脱出させる。

 そんな装置を作るなら軽くしてさらに高高度を飛べるようにするべきでは、という意見もあったが


「それで飛行高度が二倍になるならともかく数百メートル程度では誤差の範囲であり無意味。むしろ脱出が困難な黒鳥から故障などで墜落するとき迅速に脱出できるようにするべきだ」


 との忠弥の命令で実行された。

 初めは頭部の防御の為に座席の上にレバーを付け腕と布カバーで頭部を守ることも考えたが、その行動を行うと上体を起こすことになり背骨が曲がったところで打ち出され、その衝撃のため背骨への損傷が起きると考えられたので両脚の間にされた。

 実際、忠弥の努力にもかかわらず、この世界の航空技術が未熟で故障率が高く、撃墜より墜落事故が多い。

 当然、黒鳥も試作段階で墜落事故機が出ていた。

 その時、早速脱出装置が役に立ち、テストパイロットは無事に脱出し生存。他にも多数の生存者が出ており有用性が証明された。

 装置も設計も配慮も十全に機能し、優里亜と聡美は大きな怪我もなく脱出に成功した。

 パラシュートが開いたとき、黒鳥が派手に爆発した。

 撃墜されたのではなく、機密事項が多い黒鳥を敵に渡さないため自爆装置が作動したのだ。

 脱出装置が作動と同時に時限装置が動き出し、十秒後に爆発するようになっていた。


「ほっ」


 自分と聡美が無事脱出できたことと、無事に装置が作動して黒鳥が破壊された事に優里亜は安堵した。

 周囲は帝国の戦闘機が相変わらず飛んでいたが、パラシュートにぶら下がったままの優里亜には何も出来なかった。

 せいぜい足に付けたチャート――飛行コースなどの機密事項が描かれた航空図を破り捨て、着地時に衝撃を和らげる姿勢をとるだけだ。

 おかげで彼女は地面に怪我なく降り、駆けつけた帝国兵に重い与圧服で両手を挙げることとなった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る