第298話 ブルッヘの防御
「大丈夫なのかベルケ将軍」
「はい、現状の航空機では破壊不可能です」
ベルケはホルツェンドルフ提督を安心させるように言った。
帝国潜水艦隊司令長官として開戦前から潜水艦に関わり、潜水艇だった船体と、貧弱な潜水艦組織を発展させ、開戦時に航洋型潜水艦数十隻を擁する潜水艦隊を作り上げた逸材であり、帝国潜水艦界の忠弥と言うべき人物だ。
創意工夫に溢れ、危険な海に潜るという行為を技術で可能にしたのはホルツェンドルフ提督の努力の賜物だった。
新発明のため守旧派からの偏見、「そんな玩具が使えるのか」という言葉に傷つきながらも潜水艦開発を推し進め、戦力化を続けた。
彼の思想と発想が正しい事が証明されたのは開戦劈頭に装甲巡洋艦三隻を指揮下の潜水艦が立て続けに撃沈した事で明らかとなった。
その後も、各海域へ潜水艦を派遣。
戦艦を含む多数の軍艦を沈めた。
特に商船の撃沈数は多かった。
無制限潜水艦作戦が発動されてからは潜水艦による撃沈スコアはうなぎ登りだった。
現状でも、彼の潜水艦隊は帝国でもっとも戦果を挙げている部隊と言って過言ではなかった。
しかし、ここ最近は芳しくない。
「航空機には痛い目に遭っているからな」
ホルツェンドルフ提督は苛立たしく言う。
新発明の一つである連合軍の航空機が投入されてからは、潜水艦の戦果が少なくなっている。
船団追跡のため洋上を全速航行しているところを発見され、潜航を余儀なくされるだけでも攻撃の機会を失ってしまう。
しかも、爆雷を満載した駆逐艦を呼び寄せ、頭を抑えられてはたまらない。
それどころか、航空機自体にも爆雷を載せはじめ、潜水艦を撃沈するようになってきた。
そのため航空隊のベルケに救援を要請する事になった。
友軍だが、予算と資源――人員と資材獲得のライバルでもあるが、背に腹は代えられなかった。
ベルケの航空隊が大洋に進出したおかげで、敵の輸送船や船団を発見しやすくなり、撃沈スコアは再び上昇どころか跳躍し、大戦最高の月間成果を上げた。
だが、栄光はそこまでだった。
連合軍、いや皇国空軍が投入した大鳳型という新型飛行船のために既存のカルタゴニア級飛行船が圧倒され制空権が奪われてしまった。
大洋からの飛行船撤退以降は航空偵察情報が無くなった上に、大洋を連合軍の航空機が跋扈する事態になっており撃沈スコアどころか潜水艦の被害数がうなぎ登りとなっている。
「これ以上の被害は、航空機の攻撃は勘弁願いたい」
連日、仲間と部下――特に下級士官時代、共に潜水艦に乗り組んだ者は階級を問わず苦楽を共にした仲間であり、彼らの乗艦の通信途絶――連合軍により撃沈、と推定されると書かれた報告に接する事になるのはつらい。
大洋の制空権を連合軍にとられてからは連日受け取っているので余計だ。
「この基地まで破壊されれば、潜水艦は活動できない」
「よく理解しております」
ベルケは心から同意した。
航空隊の予算を奪いあうライバルだが、帝国の中でもっとも活躍していると言っても過言ではない。
確かに無制限潜水艦作戦で合衆国の参戦を招いてしまった。これは確実に失点だろう。
だが起きてしまった事は仕方ない。
この上は、彼ら潜水艦隊が最大限に活躍できるよう航空隊として協力する事だけだ。
周辺に多数の飛行場を造り、高射砲を配備して防空体制を確立。
さらに、万が一の航空奇襲攻撃を考慮し潜水艦整備用の施設を巨大な掩体壕――ブンカーを建設し内部に入れるよう提案した。
初めはやり過ぎと言われたが
「私なら一寸した隙を見つければ確実に航空機で攻撃します。それに恥をさらしますが、航空機の奇襲で飛行船基地を、飛行船のコアであるエンジン整備工場を破壊されたのですから」
このベルケの意見が通り、ブンカーが建設された。
航空攻撃に対するベルケ助言もあって、現行航空機が搭載不可能な二トン級の爆弾に耐えられる設計とされた。
図らずも地球の第二次大戦においてドイツが占領したフランスのロリアンに建設したブンカーと同じ物になった。
ドイツのブンカーは六トン爆弾に耐えたが、二トンに想定した分、工数とコンクリートの必要量が少なくすみ、更に多くのブンカーを建設できていた。
このように航空機への防御は万全を尽くしていた。
図らずも忠弥の航空機が有力な戦力である事を帝国が認めた瞬間だった。
「ブンカーだけでは無いぞ。沿岸砲台も守って貰わなければ。潜水艦が外洋へ進出する水路に機雷や閉塞船を沈められたら出撃不能だ。基地が残っても潜水艦は出撃できん。忌々しい機雷敷設艦や閉塞船を撃退するためには沿岸砲台が必要だ」
「よく理解しております」
不安がる提督にベルケは相づちを打った。
防御の要である沿岸の砲台も航空攻撃に対する防御のため、海方向のみ解放し他は分厚いコンクリートの壁で防御。
それは天井にも及び、航空攻撃の直撃は勿論、背後で爆発して爆風で破壊される事を防ぐよう工夫していた。
戦闘機隊も配備しており、航空攻撃には万全と言えた。
「上空より敵偵察機接近!」
二人が話していると、放送が流れた。
「忌々しい覗き見野郎が」
上空から接近してくる黒い飛行機を見て提督は吐き捨てた。
攻撃されないことは知っているが、自分の命より大事なものを敵に見られるのは、気分が良くない。
敵にとって重要な事は分かるが、それが攻撃に至ることが容易に想像できるので尚更だ。
「ベルケ将軍、あの機体を落とせないのか?」
苛立たしく、挑発的に提督は尋ねた。
先日同じ質問をして上昇限界を超えているため無理だと答えていた。
結論は分かっていたが、苛立ちを発散するための難癖だった。
「やってみましょう。既に部下が行動しています」
ベルケの返答は予想外であり、提督は意表を突かれて目を点にした。
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