第297話 帝国潜水艦基地 ブルッヘ
「帝国は占領した中立国の港町ブルッヘ。ここに敵母港から潜水艦の整備設備を移設して潜水艦基地にしています」
サイクスは中立国にして帝国占領地の地図の一点を指した。
「占領できないの?」
「前線から五〇キロ以上離れています」
一キロ進軍するのに数万人の人命を失う血で血を争うような塹壕戦を行っている西部戦線で五〇キロの進軍など、発生する死傷者を考えれば、とても出来ない。
これまでの消耗戦で疲弊しきっているとなれば尚更だ。
合衆国の兵力が到着次第、進軍予定だが、その援軍を乗せた船団を潜水艦が攻撃している。
忠弥達の作戦は潜水艦を、その母港を破壊しなければならない。
陸上からの攻撃は矛盾を抱えすぎている。
「沿岸なんだから戦艦で砲撃したら?」
「計画しましたが無理でした」
「どうして?」
「港は内陸一〇キロにある人造湖に作られています。潜水艦は海と繋がっている運河を使い悠々と外洋へ行けます。ですが沿岸は遠浅で大型艦で下手に近づくと座礁します。しかも」
サイクスは航空写真を取り出して説明を続ける。
中央に運河が、左上が海の写る写真だ。
白黒で画質は荒いが十分に見える。
よく見ると海の部分に何かの点が見える。
斜めに通り過ぎる浜辺には細長いものが、海に向けていくつも置かれている。
「沿岸には沿岸砲台があります。おまけに機雷も敷設されており接近するだけ撃沈の危険があります」
「攻撃不能って事?」
「その通りです」
内陸部に作られた敵の本拠地を砲撃でも陸上部隊でも攻撃不能というわけだ。
「でも、この写真はどうやって撮ったの?」
口にしたとき、昴は気が付いた。
「黒鳥ね」
「そうだよ」
忠弥は渋い顔をしながら認めた。
「航空機で爆撃したらどう?」
「そう思ったけど、難しいよ」
忠弥は次の写真を見せた。浜辺近くに細長い直線道路。
昴達が見慣れた物だ。
「滑走路、飛行場ね」
「ああ、ベルケが作ったようだ。ここだけではなく、他に五箇所、内陸部にも支援用の飛行場があり、沿岸部を制圧しても内陸部から増援が送れるよう航空機を配備している。高射砲も配備されていて、防空体制は強化されつつあり、爆撃を強行すれば被害が出る。そもそも、爆撃しても母港にダメージを与えられるか疑問だ」
「どうして?」
昴が首を傾げると、航空写真を見せた。
例の内陸部の港、人造湖の沿岸に何か巨大な構造物、箱のような物が作られていた。
「何これ?」
「対空爆防御施設ブンカーだ」
ブンカーとは分厚いコンクリートの柱と屋根で構成される建築物だ。
「分析によれは、二トン爆弾の直撃に耐えられる」
「まさか」
「本当だよ」
勿論、航空偵察写真のみで判断することは出来ない。
だが、忠弥達の通報により王国軍の情報部が動き出し、ブンカーについての詳細な情報と設計図を手に入れ、現地の情報提供者――占領下にあるため反帝国の機運が高い上に物資も少ないので簡単に協力者が得られており、彼らの通報、搬入されたコンクリートの量や作業員として現場に入り、屋根の厚さなどを建築後の確認作業で出た実測値を盗撮するなどして報告していた。
「僕たちに二トンもある爆弾なんてないよ。あったとしても運べないし良い標的だ」
飛行船でようやく二トンの爆弾を搭載でいる程度だ。
大鳳型の積載量は一〇〇トンを超えるが、大型爆弾という超重量物が一箇所に集中するような代物を運ぶようには出来ていない。下手に乗せれば、骨格が曲がってしまい、飛行不能になる。
第一、飛行場が多数あり、戦闘機の迎撃が予想される場所に大型飛行船を投入するのは撃墜される危険が大きく、実行不可能だ。
「さすがベルケだよ。完全に航空爆撃への対応策を施している」
苦笑しつつも何処か嬉しそうに忠弥は言う。
自分の攻撃、航空攻撃に対してベルケがキチンと対応してくれるのが嬉しいのだろう。
航空機への理解が深い、とベルケを賞賛しているのだ。
例え厄介な事になっていても航空機の理解者が存在する嬉しさは、隠せない。
イライラするが、それが忠弥なので仕方がなく昴は結論だけ尋ねることにした。
「航空機だけで破壊は難しいと言うこと?」
「そういうこと。それどころか、これからは偵察も難しい」
「どういうこと?」
「まだ極秘事項だけど教えておく」
忠弥は動揺した自分の心を落ち着かせてから伝えた。
「……黒鳥が落とされた」
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