第295話 片翼飛行

「まだ、大丈夫だ」


 右翼の一部を失い回転しながら降下する機体の中、忠弥は冷静に機体の状況を確認。

 左翼が使える事を見ると、操縦桿を左に倒し、回転を止め、操縦桿を引いて機体を水平にも度した。

 右翼が一部無くなって揚力のバランスが崩れていたが、残った左翼の補助翼を使ってバランスを保ちながら水平飛行に移る。


「ふう、なんとかなった」


 とりあえず水平飛行が出来るようになった。

 日中戦争の時、樫村少尉が九六式戦闘機で空戦中、敵機と接触し左翼の三分の一を奪われていたが、その後回復し六〇〇キロ以上を飛んで帰ったという記録があった。

 その時の記録を元に忠弥は機体を立て直して墜落を免れた。

 ほっとした忠弥は周囲の状況を確認する。


「ああっ」


 攻撃隊は新たなアルバトロス戦闘機に攻撃され、しかも忠弥が体当たりを受け落下していく様子を見て衝撃を受け動揺し、編隊がバラバラになってしまった。

 多くの機がロケット弾を捨てて逃げる。

 忠弥が立て直したことを見た何機かはなおも攻撃を続行しようとするが、カルタゴニアの防御火力が向けられ、攻撃位置に付かせない。

 すれ違い様に放ったロケット弾も狙いが定まっておらず、目標から大きく外れたのとカルタゴニアの回避行動が的確だったため、全て外れて仕舞った。


「無理か」


 攻撃が失敗したことを忠弥は悟った。

 そして、そこへベルケが自らの紅い機体を接近させてきた。

 さすがに片翼での飛行は飛ぶだけで精一杯であり、空戦など不可能。

 敵の良い的だった。

 だが、ベルケは忠弥の近くに接近すると機体を並べ、忠弥に向かって敬礼した。

 忠弥の機体立て直しに感銘を受けたのだ。

 忠弥も操縦桿でバランスを取る右手が離せないため、左手のスロットルを離し敬礼する。

 僅か数秒で互いの敬礼は終わり、ベルケは引き返していったが、気持ちの良い物だった。


「失敗か。兎に角、帰るとしよう」


 忠弥は編隊を纏めると大鳳に向かって帰還を命じた。

 忠弥の機体の損傷に各機が動揺するが、片翼を失いがならも飛行している姿に徐々に安心していく。

 人類初の有人動力飛行のとき経験不足で不安定なグライダーを何度も自ら飛ばしていた経験が役に立った。

 機体の一寸した変化も大きく変わった癖もすぐに対応できる。

 そうして母艦までの一時間をずっと片翼で飛ばし続けた。


「先に下りろ」


 大鳳が見えると、忠弥は全員に命じた。

 だが、全機が渋っている。

 ずっと最初に忠弥が下りるのが当然だったからだ。


「忠弥先に下りて」


 損傷を気遣って昴が言う。


「ルールは守れ!」


 だが、忠弥は先に下りるよう言う。

 これまでも先に下りていたのは自らが決めたルールに従っただけだ。

 空母のような狭い場所に艦載機が下りる時、上手いパイロットから下りるのが絶対だ。

 もし下手なパイロットが着艦に失敗し、甲板が封鎖されたら、残りの機体は墜落する可能性がある。

 空中給油も出来るが、潤滑油が無くなったり、機体の故障の可能性、パイロットの疲労による墜落の恐れも出てくる。

 上手い人間が先に下りるのがルールだった。

 そして、もう一つルールがあり、損傷した機体が後回しということだ。

 不安定な機体が事故を起こさずに着艦できるかどうかは賭けだ。

 全員そのルールは知っているが、それでも忠弥が先に下りて欲しかった。


「でも」

「昴達が先に下りないと、僕が墜落する」

「……分かったわ」


 忠弥の言葉にようやく全員が従った。

 仕方なく昴が最初に大鳳に下りていく。

 続いて残りの攻撃隊も次々と下りていった。

 そして、ようやく忠弥の番になった。


「よし」


 忠弥は覚悟を決めて着艦するべく大鳳へ向かう。


「機体を投棄したいがそうもいかない」


 無線機を搭載している機体は少なく、希少だ。

 失敗すれば大鳳に激突して大きな被害を、下手したら火災を発生させてしまうかもしれない。

 だが、機体を失うわけにも行かない。


「行くか」


 忠弥は覚悟を決めて、大鳳の後ろへ回る。

 スロットルを調整し、ゆっくりと近づき、徐々に機速を合わせる。

 右翼がなく、いつもと感覚が違うが、機体のバランスを保ち、姿勢を維持する。

 着艦フックを下ろし、甲板に近づく。

 着艦指示灯を見ながらバーの位置を想像し、スロットルを押してエンジンの出力を上げて、機首も上げるフックを下げる。その状態で探るように前後左右に機体を動かす。

 機体に鈍い衝撃と掴んだという感覚。


「良し」


 掴んだと確信しスロットルを牽きエンジンを低回転に。

 機首を更に上げて失速させ、墜落するようにそのまま甲板に着艦する。


「!」


 翼が無いため揚力が低くいつもより衝撃が強く忠弥の身体に痛みが走る。

 しかし、疾鷹改は甲板に無事着艦した。

 遮風板が上がり大鳳が速力を落とすと風が止んだ。


「忠弥!」


 心配していた昴が駆け寄り抱き付いた。


「もう、無理しないで」

「ああ、今回は拙かった。でもやりきったでしょ。世界初の片翼着艦だ」

「もう!」


 片翼着艦を初めて達成事を自慢する忠弥に、昴はいたずらした弟を叱るように説教を始めた。

 その様子を他の乗員はほっとしつつ、温かい目で見ていた。




 忠弥は更に攻撃を加えようとしたが、丁度夕方となり、夜間の作戦飛行を危険視したため、攻撃を中断。

 離脱を命令した。

 ベルケは全力で迎撃し、味方の損失を出しつつも夜に紛れてカルタゴニアの離脱に成功。

 帝国本土への撤退に成功した。

 しかし、忠弥が新たな空中空母を送り出し圧倒的な攻撃力を見せたため、これ以上の活動は危険と判断しベルケは洋上で活動する全ての飛行船に作戦中止を通達。各飛行船の判断で撤退させた。

 補給用の潜水艦も連合軍の重要目標として執拗に追いかけられる立場となり、安全が確保出来ないため撤退。

 補給の出来なくなった帝国飛行船の活動範囲は更に減少することとなった。

 この戦い以降、帝国の飛行船部隊は大洋での活動を著しく縮小。

 時折、ゲリラ的に進出し、搭載した偵察機を使い船団を見つけ、位置を打電して逃げ去る戦法に切り替えた。

 そのため、連合軍への船団攻撃は徐々に減少していき、被害は減少するかに見えた。

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