第285話 灰色の狼

「この辺りだったな」

「はい、情報ではこの辺りです。うわっ」


 先任将校は波に襲われ流されそうになった。


「気をつけろ」


 制帽に白いカバーを付けた男性、艦長が先任将校の襟を掴んで引き戻す。

 偽装のため灰色の空と同色になるよう灰色に塗られた潜水艦の乾舷は低く荒波だとブリッジも波が襲ってくる。

 本当なら潜行したいが、出来ない話だった。


「敵の船団を逃がすな」


 合衆国が参戦した今、膨大な兵力が主戦線へ向かって海上輸送される。

 それを妨害するのが帝国潜水艦の至上命令となっていた。

 敵の輸送船を一隻でも多く沈めなければ塹壕で死闘を繰り広げている戦友の命が何千何万と助かる。彼らを殺すはずだった大砲と砲弾を海の底に沈める。

 味方のために彼らは荒い海を航行していた。


「左舷に船影らしきものあり」


 見張が報告した。


「何処だ!」


 暗闇でよく見えない。

 見張りも見失ったようで探しても見えない。

 幾ら新兵器でも敵を見つけられないと役には立たない。

 艦長は口には出さず頭の中で様々な考えを巡らす。

 見張りが見たという方向へ向かうべきか。

 いや、もしも見間違いで、このまま航行した先に船団がいたら。

 嵐にゆられ狭い艦内にいるストレスと疲労で頭の回転が下がっており、悪いことばかり考えてしまう。

 同時に疲労から積極性も失われている。

 取り越し苦労より少しでも休もうと現状維持、針路の維持を命じようとした時だった。

 見張が指した方向に光球が放たれた。

 上空には葉巻型の船体、味方の飛行船だった。

 その下には複数の船舶が航行していた。


「敵の船団です!」


 海上封鎖された帝国に大洋を航行する船団などいない。

 間違いなく敵だった。


「攻撃する! 全速前進! 取り舵一杯!」


 艦長はハッチから司令塔と発令所へ命じた。

 疲れているとはいえ艦長達は潜水艦乗りであり、獲物を見つければ仕留めようとする本能があった。

 ディーゼル機関は唸り音を上げてスクリューを回し、艦を船団に向かわせる。

 照明弾が海面に着水して船団を一度は見失ったが、再び飛行船が照明弾を落とすと船団が右舷に見えた。


「敵の正面か」


 敵船団の速力が思ったより遅かったため正面に回り込めた。

 攻撃がし易い。


「面舵、敵船団へ突入する」

「左舷に艦影! 敵駆逐艦です!」


 護送船団方式のため護衛の艦艇がいる。


「潜行しますか?」

「いや、このまま向かう。機関出力三〇パーセント。機関音を抑えろ」


 艦長は決断した。

 先任将校は、無防備な海面から海に潜ってやり過ごしたいようだが、却下した。

 艦長自身も攻撃されるのではないかと内心焦っており、左舷から爆発音が響いた時には、見つかったかと悪寒が走った。


「敵の爆雷攻撃のようです」


 潜行中の味方がやられているようだったが、どうしようも出来なかった。

 駆逐艦相手に魚雷を命中するのは困難だし、艦載砲は豆鉄砲みたいな八八ミリが一門だけ。

 一〇〇ミリクラスの大砲を三門以上は積み込んだ駆逐艦になど勝てるはずがなかった。


「しかし、何故こちらに来ないのでしょうか」

「ソナーに見つからなかったんだろう」


 連合軍は水中の敵を音で見つける探知機、ソナーを実戦投入したと帝国の情報部から潜水艦部隊に通達があった。

 ただ、性能は良くないらしい。

 特に荒れた海だと、波音のため海面近くの音が全く聞こえない。

 むしろ浮上していた方が安全という話だった。


「上空に航空機多数」


 上空を見上げると火の玉が見えた。

 いくつか集まり踊りを踊るように回っている。

 よく見ると飛行機だ。エンジンの排気口から出る炎が火の玉に見えたのだ。

 帝国軍と連合国軍の戦闘機が飛行船を巡って攻防を繰り広げていた。

 決死の覚悟、連合国軍に攻撃される事を覚悟で照明弾投下してくれたのだ。


「これで船団の位置は分かりませんな」

「いや、もう十分だ」


 艦長は制帽を被り直すと鋭い眼光で命じた。


「襲撃する! 全速前進! 魚雷戦用意! 全門開けっ!」


 目を輝かせた艦長の命令で潜水艦は船団を――灰色の狼は獲物である羊に牙を剥いた。


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