第284話 戦局の転換点

「このたびは済みませんでした」


 飛天に戻ってきた律子は忠弥の前で頭を下げた。


「まあ、相手はあのベルケだからね。相手が悪すぎた」


 ほんの二年ほどの差だが律子とベルケでは飛行時間が違う。

 そしてベルケは帝国の航空部隊のトップであり、一戦闘機パイロットの律子とは立場が違い、見える視野が違う。

 忠弥はすぐさま囮だと気付いたが律子は経験不足もあり、罠にはまってしまった。


「これから注意すれば良い」

「ですが」


 忠弥は仕方ないと考えているが、経験不足の律子は、経験不足故に余計に自分を責めている。


 攻撃機を危険に晒してしまった上に、赤松中尉率いる護衛隊に一機の損失が出ている。

 敵を二機を撃墜しているが、自分が敵の手に引っかからなければ、出なかった損害だ。


「春日少尉」


 落ち込む少尉に忠弥は言った。


「失敗は誰にでもある事だ。だが何時までも悔やんでいることは出来ない。失敗を直視して対処案を出したら元気をだして堂々とするんだ」

「ですが」

「いつまでも落ち込むな」


 忠弥は言った。

 犠牲者が出ているのに、酷な言い方かもしれないがそれが現実だった。

 戦争中と言うこともあるが、この世界の航空界は21世紀のような安全な環境では無く、文字通り死と隣り合わせだ。

 実際、航空機の実験で墜落や死傷事故は日常だ。

 大きく取り上げられないのは、、この世界で死が日常だからだ。

 多少技術が良くなったとはいえ衛生環境も悪く、災害も多いこの世界では、航空機の事故と災害に出会う確率、死亡率がほぼ同じなのだ。


「くよくよしたって潜水艦の被害は無くならない。被害を少なくするために行動しなければ」

「でも、船の数は膨大よ」


 傍らにいた昴が言った。

 王国は海洋国家であり、膨大な数の船舶が王国に向かい、旅立つ。

 潜水艦を封じるには航空機の卓越した索敵能力を以ても広大な海の前には能力不足だ。

 全ての船を保護するなど不可能だ。


「いや、今後はかなり楽になるハズです」

「どうして?」


 相原が答えると昴が尋ねてきた。


「護送船団方式を採用することになりました」

「護送船団?」

「はい、船がバラバラに航行するのではなく、一箇所に集まり護衛を付けて航行するのです」

「確かにやりやすそうね」


 勝手気ままに航行されるより一箇所に集まっていた方が護衛しやすい。

 忠弥達も闇雲に探すより、船団の周囲だけを警戒すれば良いので助かる。

 欠点として、雑種多様な船が、それまで集団での航行をしたことのない船が集まり航行するので、その統制が大変だということと、船団の最も遅い船に合わせなければならない、大量の船が一度に入出港するため、積み荷の上げ下ろしで港の能力に負担が掛かることだ。

 デメリットは多いが、潜水艦に遭遇する確率が少なくなる。

 海は広大なので標的の数が少なくなれば潜水艦が接触する可能性が少なくなるのだ。

 玉を落とすとピンに当たるパチンコを想像して欲しい。

 パチンコ玉を潜水艦、ピンを商船とすると、ピンが大量にあれば玉はどれかのピンに当たる。

 だが船団にして、ピンを数カ所に集めて密集して打ってあると玉が当たる確率は極端に低くなる。

 大量のパチンコ玉を振らせても密集したピンに当たる確率は低くなる。

 これと同じでピンを一箇所に集め船団にして、大量に降り注ぐ玉、潜水艦が当たる確率を低くするのだ。


「それに状況は悪いばかりではない。メイフラワー合衆国が参戦を宣言した」

「メイフラワーがですか」


 これまでは連合国及び帝国から参戦を求められていたがどちらの要求も蹴って中立を標榜しており、参戦しなかった。

 しかし、現在世界で最大の国力を持つ合衆国を自陣営に参戦させようと連合も帝国も熾烈な外交合戦を繰り広げていた。

 そして、敵側に回ることを恐れてた。

 それが連合国側に付いて参戦したことは喜びであり、驚きでもあった。


「ああ、無制限潜水艦作戦で合衆国の船を撃沈されて頭にきたようだ」


 だが、中立でも合衆国は連合国に対して大量の武器弾薬を販売していた。

 帝国は抗議したが、合衆国は現金払い合衆国内での購入を条件に交戦国に販売すると宣言。そのため帝国も少量ながら希少金属などを合衆国から輸入していたので抗議する以上の事は出来なかった。

 しかし、連合国の増強が著しく、合衆国が連合軍に提供する軍需物資が多くなり前線の帝国は劣勢に立たされた。

 しかも連合国の封鎖線で合衆国へまともに船を出すことが出来ないし、無理に出せば連合軍に捕獲される。

 前線での戦いを優位にするために合衆国の船も狙う無制限潜水艦作戦を帝国は展開した。

 無制限潜水艦作戦が始まると合衆国の船も次々と撃沈され被害が続出した。

 特に王国へ向かっていた豪華客船ポルトカレが撃沈され乗船していた合衆国市民多数が死亡する事件が発生すると合衆国世論は沸騰した。

 それまで戦争など遠い国のことでしかなく、どちらが勝つか賭けの対象にさえしていた。

 だがポルトカレ撃沈で多数の合衆国市民が死亡したことで合衆国の世論は激高。

 帝国への宣戦布告を求めた。

 最初こそ、世論を抑えつつ帝国へ攻撃を止めるよう要請していた合衆国政府はではあったが、帝国は軍需物資を運ぶのは中立義務違反といって無制限潜水艦作戦を止めなかった。

 合衆国船舶の被害は大きくなり、遂に許容範囲を超えたため、合衆国は帝国への宣戦布告を決定。

 ラジオで宣戦布告をしたばかりだった。


「これで戦争に勝てるよ」


 圧倒的な国力を持つ合衆国が参戦したのだ。


「多少、厳しい状況が出てくるかもしれないけど、これで勝てるよ。連合国の生産力は帝国を大きく凌駕した。潤沢な戦力が前線に提供される」


 戦はどれだけ戦力を送り出せるか生産力が大きいか、に掛かっている。

 特に多種多様な物資、それも精密な工業製品を必要とする航空戦は生産力の差が顕著に表れる。

 工業国である合衆国の参戦は、連合国、特に忠弥の皇国空軍にとってはありがたかった。


「良かったです。ですが、その前に、ベルケ達の攻撃を止めなければ」


 律子が話した。

 多少出しゃばりだったが、嬉しかったのと雪辱を果たしたくて口にした。


「もうすぐ止まると思うよ」

「どうしてですか?」

「ベルケ達の飛行船もそろそろ燃料切れさ。長期間航行出来ない」


 浮力は船体に内蔵した水素で確保しており動けるが、推進力はガソリンエンジンであり、ガソリンが無くなれば、航行出来ない。


「王国本土を突っ切るのは危険だし、迂回すると燃料の消耗が激しくなる。輸送用の飛行船も限りが有るし、他にも必要な物資は多い。洋上は封鎖線があり、支援用の船も出せない」


 一方、忠弥達は多数の飛行船母艦を出撃させており支援態勢を整えていた。

 洋上でも天候が良ければ補給を受けられる。


「ですがかつてのように、密かに封鎖を突破させているのでは?」

「突破しても我々が捜索して見つければいい。難しいけど潜水艦より楽だ」


 簡単に言うが忠弥にはアテがあった。

 幾ら飛行船でも広大な海の中で支援船を見つけることは出来ない。

 予め、合流位置を知らせていても変更する必要が出てくる。

 その時、無線を使うはずだ。

 その無線で支援船の位置を見つけ出そうと考えていた。

 既に王国海軍と協定を結んでおり、無線の位置情報を通報して貰える手はずは整えていた。


「ベルケ達は早々に本国に戻るよ」


 支援のない航空戦力は一日どころか一回の飛行さえ難しい。

 飛べなくなる前にベルケは帝国に戻ると忠弥は考えていた。

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