第283話 ベルケの罠
「さすが皇国空軍、仕事が早い」
律子達が迂回している雲の上方で待機していたエーペンシュタインは、接近する皇国空軍の航空機を見て感嘆した。
味方の飛行船が姿を見せてから攻撃隊が来るのが早い。
「だが、それが徒になったなっ!」
エーペンシュタインは機体を急降下させ疾鷹の編隊に襲い掛かる。
僚機達はエーペンシュタインの動きを見て指示も無くすぐさま後に続くのは彼らが熟練の戦闘機パイロットだからだ。
長い大戦が戦闘時間と回数を彼らに与え、腕利きの戦闘機パイロットにしたのだ。
「させるか!」
エーペンシュタインの攻撃をいち早く察知した赤松は、機首を上げた。
人格と性格に著しい問題がある赤松だが戦闘機パイロットとしての腕は超一流であり、すぐさまエーペンシュタインに向かって機首を向け発砲した。
当てることは考えていない、攻撃隊への帝国軍の攻撃を妨害するのが目的だからだ。
連中の針路上に銃弾をばらまく。
「おらああああっっ」
赤松の正確な銃撃に帝国側はすぐに離脱する。
「逃がすかっ」
旋回していく帝国軍の戦闘機一機に銃撃を加えたら当たった。
出撃前に昴に徹底した模擬戦をやられて赤松の腕が上がっていたため当てることが出来た。
「やるな!」
苦虫を噛みつぶしながらエーペンシュタインは、機首をひるがせして赤松へ向かう。
二機は壮絶な空中戦へ入った。
「えっ、えっ!」
突然始まった空中戦に律子は混乱するばかりで、何が起きたのか、空戦が始まった事さえ理解できなかった。
初陣と言うこともあり、押し寄せる情報の波に思考停止となった。
「隊長! ロケットを捨てて退避してください!」
「う、うんっ」
後席が律子に叫んでようやく我に返り、言われたとおりロケット弾を捨てると旋回して逃げていった。
「あ、飛行船を撃破しないと」
「そんな余裕はありません」
なおも攻撃しようとする律子に後席は機銃を放ちながら叫ぶ。
「このまま逃げないと危険です! すぐに逃げてください! それにあの飛行船は空中空母ではありません」
「そんな」
律子は信じられなかったが事実だった。
忠弥達をおびき出すために派遣された飛行船だった。
エーペンシュタイン率いる戦闘機隊も付いてきており、皇国空軍がやってきたら撃墜する気満々だった。
「……撤退します。全機、離脱してください」
律子は敗北を認め、飛天に向かって逃げていった。
「そろそろ、見えてくるはずよね」
空戦から離脱して十数分、飛天の合流予定地点にやってきた律子は飛行船の姿を探した。
「見えた」
雲の間に前方に飛行船の姿が見えた。
赤松中尉が空戦で守ってくれたお陰で、律子の攻撃隊は全機無事で四機が自分の後ろを飛ぶ姿を見て安堵する。
「え? 四機」
攻撃隊は自分を入れて四機だ。
「一機増えている」
慌てて機体を確認すると、一機は敵のアルバトロス戦闘機だった。
「敵機に追尾されていた」
空戦という緊張から生還した安堵から、周囲への確認を疎かにしてしまい、敵機が紛れ込んでいることに気がつかなかった。
「こなくそっ!」
撃墜しようと旋回するが、戦闘機は律子の攻撃を軽く躱し、逃げていく。
しかもその先には、帝国軍の編隊が接近してきていた。
「まさか、私たち道案内されたの」
律子の呟きは事実だった。
わざと飛行船を発見させ攻撃隊をおびき寄せる。
そしてエーペンシュタインの戦闘機隊に追いかけられ混乱したところへ一機紛れ込ませて、母艦へ逃げ帰る攻撃隊を追尾。
敵の母艦を見つけ出して攻撃するのがベルケの作戦だった。
「くっ」
敵を撃滅すると勇んで出撃して、待ち伏せされた上に、敵を道案内し母艦を危機にさらした。
自分の不甲斐なさに歯がみした。
「こうなったら母艦を守る為一機でも多く撃墜してやる」
律子は反転しようとした。
『攻撃隊全機、そのまま後方へ離脱せよ』
だがその前に通信が入った。
そして律子の横を単座疾鷹の編隊が通り過ぎて帝国軍の編隊に向かった。
「じゅ、准将!」
乗っていたのは二宮准将だった。
他にも皇国の誇る戦闘機パイロットが操る精鋭部隊が帝国軍の編隊に向かっていく。
(後ろの誘導機にしたがって帰投して)
律子が驚いていると、昴の機体が接近して律子に手信号で伝える。
「で、でも」
(貴方は燃料不足でしょう。母艦まで誘導して貰って)
「あれは母艦ではないのですか?」
(敵味方識別、偵察のために出した雄飛型よ。燃料が足りない時の空中給油も兼ねているの。あ、燃料は足りる?)
「十分に持ちます」
空戦で多少燃料は消費していたが、着艦に足りないほどではない。
(なら、帰還して、私は撃墜してくるから)
そこで通信を終えると昴はスロットルを全開にして、敵の編隊に突撃していった。
そしてあっという間に一機撃墜してしまった。
「凄い」
律子はその姿を見る事しかできなかった。
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