第271話 艦長代理ポール中佐

「前方に味方艦あり」

「面舵!」


 部下の報告でポールは命じた。

 味方艦が小さすぎて発見が遅れた。相手は停泊中。

 衝突しないようにするにはヴァレンシュタインが回避運動を行う必要がある。

 大型艦のため舵の効きが悪く転舵に時間がかかる。

 転舵を命じてからも艦は直進を続けており、相手との距離は縮まっており、全員の背中に冷や汗が流れる。

 だが、衝突直前で舵が利き始め、避ける事に成功した。


「味方艦、左舷を通過します」

「艦長代理了解! ふう、外洋に出るのは大変だな」


 ポールは大声で返答すると溜息を吐き小声で呟いた。

 母港周辺には整備中の多数の艦が停泊あるいは航行しており、彼らを避けて通るのが大変だった。

 五〇〇トン程度の小型艦だが、飛行機と同じく新兵器だ。

 そして、今後の戦力としてハイデルベルク帝国海軍はこの兵器の増産を行っていた。

 小型艦のため戦艦と比べて大量建造可能。

 大尉クラスでも艦長が務まり、乗員も少数で済む。

 艦も人員も特殊な技術が必要だが習得可能だった。

 重要なのは彼らだけが連合軍の封鎖線を突破し、連合軍の通商路を破壊出来る――有効な打撃を与えられる存在である事だ。

 残念なことにヴァレンシュタインを初めとする水上部隊は王国大艦隊に対抗できない。

 せいぜい王国艦隊を引きつけるか、本土沿岸への連合軍の侵攻を押しとどめる程度の役目しか果たせない。

 あれだけの大海戦を戦い抜き生き残ったにもかかわらず、置かれた状況に不満はあった。

 しかしこれが現実でありポールは受け入れていた。

 そして、出撃していく帝国の希望の星達の活躍を期待した。

 だが戦艦への愛着が深いポールは今更、航空機や新兵器へ転属する気はなかった。

 入隊したときからの夢であり人生を捧げた水上艦艇から下りるなど考えたくもない。

 艦長の椅子が、代理の文字がもうすぐとれそうであれば尚更だ。


「艦、予定進路に乗ります」

「よろしい」


 部下の報告にヴァレンシュタイン航海長だったポール大佐は承認を与えた。

 大損害を受けたヴァレンシュタインをなんとか母港に帰投させる事に成功したが、その修理に時間を取られた。

 浸水が激しく、喫水が一時は一四メートルを超えており船底がドックの底に引っかかりドック入りさえ出来なかったからだ。

 ポンプ船で浸水を排水した上、損傷した砲塔をクレーンで吊り上げて解体して軽くしてようやく入渠できた。

 だが修理はようやく本番を迎えたばかりで作業に掛かりきりになった。

 しかもようやく指揮権を譲った副長が運用学校教官として転属してしまった。

 通常なら閑職とされるが、敵の攻撃でスクラップ寸前となったヴァレンシュタインを沈めずに帰還させた手腕を海軍上層部は高く評価しておりその応急指揮能力を後世に伝えるべく、大佐へ昇進した上で転属させていた。

 残ったポール少佐が中佐昇進と共に艦長代理兼副長として事実上艦の全てを扱うことになった。

 シュレーダーがポールの先の海戦での戦いぶりを賞賛したこともプラスに働いていた。

 だが、ハイデルベルク帝国艦隊の現状――劣勢に立たされている事も大きく作用した。

 本来なら新たな艦長が任命されてしかるべきだが、先の海戦の損害、艦船だけでなく乗員、特に艦長や分隊長を務める佐官クラスの中級将校が不足していた。

 他の艦でも艦長の戦死が相次いでいたし、建造中の艦艇の増備にも指揮官や幕僚として佐官クラスが大量に必要だった。

 だが、同時に下級将校やベテランと呼ばれる下士官クラスも次々と引き抜かれていた。

 そんな中でも、ポール中佐は工廠の力を借りてようやくヴァレンシュタインをドックから引き出し公試、修理が終わった後、正常に作動しているか確かめるのだが、人員が足りず大変な思いをしていた。


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