第270話 黒鳥パイロットの特権と代償
優里亜は黒鳥を操縦し旋回しつつ高度を落と飛行船の背後に回り、飛行船下部の収容装置へ向かわせる。
天井の窓を開けて、収容アームを確認して接近。
着艦用フックを持ち上げアーム先端の鉤を捜査員に掴んで貰う。
疾鷹なら機動性が良いためパイロットが疾鷹をフックに引っかけるが、黒鳥は機動性が皆無なのと、フックの重量軽減のため、飛行船側のアームを操作員が操作して黒鳥を引っかける方法を採用している。
優里亜はひたすら黒鳥を飛行船の下の定位置へ移動させ動かさないようにする。
しかし、これだけでも機動性が殆ど無い黒鳥には大変な事だ。
幸いにも今回は上手く行き、操作員に黒鳥を引っかけて貰った。
固定されるとエンジンを停止しプロペラを固定して飛行船へ収容された。
整備員がハッチを開け、再び優里亜達はクレーンで引き上げられ介助者の手によって準備室へ運ばれる。
そこで、飛行服を脱がしてもらい、優里亜は一糸纏わぬ姿になると、隣に用意されたシャワー室へ行く。
飛行船の積載能力ではシャワー室一つ用意するのも大変だ。
狭いシャワー室より、使用する水、加熱のためのボイラーと燃料、排水タンクの用意が必要で重量が増える。
それでもシャワー室がパイロットのために用意されたのはそれだけ黒鳥の飛行任務が過酷かつ重要という事であり、忠弥のせめてもの慰労である。
前線に比べて支援設備が整っていることも優里亜が多少なりとも黒猫中隊の良いと思っている部分だ。
研修で訪れた最前線の野戦飛行場は、シャワーどころかトイレさえ原始的で塹壕の酷い匂い。
日中はそこから離着陸し最悪の場合、一晩過ごすことになるなど、出来ればしたくない。
だが、戦闘機部隊の一員としては前線での任務は当然である。
今でもこなせる自信はあるが、飛行後のシャワーを浴びるとその決意が何時も揺らいでしまう。
「ふうっ」
シャワーを浴び終わると、優里亜は用意された個室に入り軽食を摂ってベッドに眠り入る。
これも忠弥の慰労であり、黒鳥パイロットは偵察飛行後この個室で八時間眠ることを許されている。
むしろ疲労を残さないように眠るよう推奨されている。
飛行船が地上に着陸しても、次の出撃準備に最低でも一二時間掛かるので着いてからでも十分に眠れる。
このときも十分に眠れると思っていた。事実、ベッドに入った瞬間、優里亜は眠りに落ちた。
「うん?」
だが優里亜が起きた時、外はまだ空の上だった。
「優里亜、起きた?」
隣の部屋で寝ている聡美がドアを開けて話しかけてきた。
「どうしたの聡美?」
「緊急任務が命令されたの」
「どうして?」
「なんか、あたし達の撮影した写真に敵艦隊の出撃が写っていたみたいで、急遽再偵察が決定したの。次の機体が準備出来次第、再発進だって」
偵察に万全を期すため黒鳥のエンジンは、一回の任務ごとに機体から下ろされて分解整備される。
だが、支援船には万が一に備えて整備済みの予備のエンジンが載せられている。
そして整備員はエンジンを載せ替える訓練も受けており、整備はあっという間に終わる。
問題なのはパイロットの方だった。連続しての出撃は体に負担が掛かる
「予備のパイロットは?」
出撃直前にパイロットに不調があった場合に備えて、予備のパイロットも支援船に搭乗している。
万が一、再出撃があっても予備パイロットが代わりに出撃すれば良い。
「もう出撃しているわ。彼女たちが帰ってきたらエンジンを載せ替えて私たちが出るんだって」
「うへー」
不平を言いつつも優里亜は受容した。
何かとんでもないものが写真に写っていて上層部はよほど慌てており優里亜達に出撃を命じているのだろう。
「二回目って大変なのよね」
長時間の飛行のため、出すものを少なくする為に食事を制限している。
高カロリーの食事を与えられているが不十分だ。
ただでさえエネルギーが少ない状態で、再び八時間の飛行など苦行だ。
だが優里亜は黒鳥パイロットであり、それが任務だ。
用意された食事を、予め量を制限した高カロリー食を全て食べ終えると、再び飛行準備室へ向かった。
「こんなアクシデントは勘弁して欲しいわ」
変わらない日常に変化を求めていた優里亜だが、訂正した。
変化は大概悪い方向へ向かうから止めて欲しい、と。
しかし、変化した状況は変わらず、下された命令に変更は無かった。
優里亜は再び介助されて黒鳥へ乗り込むと、蒼空へ出撃していった。
彼女が持ち帰った写真が再び空軍司令部に動揺をもたらし、三回目の出撃を命じられる事になるがそれは別の話だ。
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