第269話 黒猫中隊
大丈夫?
後ろの聡美がジェスチャーで尋ねてくる。
軽量化の為と、与圧服へ機内インカムを組み込む時間が無かった――黒鳥を一刻も早く投入するため、インカムなしで採用された。
そのため機内でもペアの間は狭い隙間からジェスチャーで意思疎通するしかない。
インカムを組み込んだ試作型が開発中だが配備されるのがいつか分からない。
交代しようか?
お願い
操縦を聡美に委ねて優里亜は休むことにした。
長時間の飛行のため、単独では難しいと判断した忠弥は複座にして、交代で操縦するよう後席にも操縦装置を付けた。
お陰で数時間の飛行でも休憩が出来るし、役割分担して飛ぶことが出来る。
食事を取ることにした。
もっとも、食事は流動食のみ。昆布出汁をチューブを使って飲むだけだ。
それでも何も食べないよりかはマシだ。
食べ終えると、目をつぶって休む。
優里亜は家庭に入ることだけを教える女学校へ通っていた。
だが授業は退屈で、卒業して手に職をつけるとしても女工か事務員あるいは教師程度しかない皇国。
空軍が創設されたあと、暫くして女性の入隊制限が廃止され、パイロットへの道が開け、多くの女性が空軍の門をくぐった。
優里亜はすぐさま飛びつき入学試験を受け合格。晴れて入学した。
空軍の未来を担う第一期生、しかも成績優秀な優里亜は空軍上層部からも将来を嘱望され、戦闘機に乗ることを夢見ていた。
小柄ながら筋肉質の体は戦闘機乗りとして理想であり、将来はエースになるとされていた。
大戦により在学期間が短縮されたが、戦闘機の需要は高まりつつあり、先日の卒業前までは戦闘機隊に配属されると考えていた。
しかし、卒業後配属されたのは、出来たばかりの戦略偵察航空団だった。
黒鳥の非常に狭い機体に、分厚い与圧服を着たままは入れるのは小柄な人間のみ。
そのため黒鳥パイロットの半分近くが女性だった。
また、長時間の飛行に耐えられるだけの忍耐力を持っている事も重要でありその点も優里亜は考慮され配属された。
戦闘機部隊への転属を申し出ていたが、戦略偵察にかける忠弥の意志は強く、転属はかなわず、優里亜は黒鳥の操縦過程へ入った。
予想より操縦が難しく、誰も飛んだことのない高い空を飛ぶことは嬉しいが、自由に空を駆け回る事の出来る戦闘機とは比べものにならない。
秘密保持特別手当と危険飛行手当、黒鳥操縦士手当によって戦闘機乗りより高額の俸給が貰えなければとっとと空軍を辞めていた。
それでも任務と報酬が釣り合っているか、と優里亜はいつも悩んだ。
ブザーがなって優里亜は起きた。
最初こそ息苦しい与圧服だが慣れると居眠りすることも出来る。
そろそろ偵察予定の空域、敵の母港上空だった。
念のため全ての窓を開けるが、当然敵機はいない。
ただただ青い空が広がるだけだった。
聡美は地上を見て、針路が正しく目標に近づいていることを確認している。
優里亜はコンパスと地表を見ながら目標へ向かう。
後ろでシャッターが開く音がした。
聡美が撮影のためカメラ窓のシャッターを開いたのだ。
目標上空に到達するとカメラを作動させ撮影に入る。
撮影が行われている間は、写真がぶれないように機体が振動させないように気をつける。
「いつも通りね」
だが、この高度だと風は西風しか吹かず、敵機も迎撃に来ないため、ただのルーティーンになってしまい、退屈を感じてしまう。
何か起きないか、と思うこともあるが、非武装の黒鳥に出来ることなどない。でも何か起きて欲しいと思ってしまう。
ブザーが鳴った。
聡美が一通り撮影を終えた合図だった。
シャッターが閉まると優里亜は、ゆっくりと慎重に操縦桿を操り、旋回し帰還進路へ旋回させる。
機体を下手に傾かせることは出来ない。
揚力が落ちて高度が下がるし、急激な旋回をした場合、軽量化の為に極端に薄くされている翼と骨組みは一寸したことで折れてしまうからだ。
そのため操縦士には繊細な腕が求められており、優里亜が黒鳥のパイロットに選ばれた理由でもあった。
敵の妨害もなく、と言うより妨害できない高度を飛ぶことが目的である黒鳥は旋回を終えると帰途についた。
撮影を終えたばかりの聡美を休ませが、暫くしたら交代してくれた。
収容の時に優里亜が万全の状態で操縦できるように、という聡美の配慮だった。
優里亜はありがたく受け入れる。
難しい収容という作業を、できる限り良いコンディションで操縦したいからだ。
緊張していたため、優里亜はすぐに眠りに就いた。
よほど熟睡していたのか、二時間も眠っていたのに優里亜には一瞬にしか感じなかった。
左横の窓を見ると誘導の為に飛んできた支援の疾鷹が見えた。
彼らの誘導に従い、支援船へ向かう。
やがて大型飛行船が見えてきた。
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