第268話 黒鳥は高空を飛ぶ
優里亜が操縦する黒鳥は元は高高度から偵察飛行を行うアイディアを共和国軍のテスト少佐が思いついたことからはじまる。
最初こそ情熱を持って設計製作したが、期待した性能が出なかった。
そして共和国が西部戦線での主力、塹壕戦での戦いを中心にするようになり、上空制圧、支援の機体――敵を駆逐する軽快な戦闘機と敵陣を爆撃する爆撃機が求められるようになると、高高度を飛んで偵察する偵察専用機の優先順位は下がり、制作は中断した。
中途半端に開発が止まったこの機体を二宮忠弥大佐が引き取り改良もとい魔改造して作り上げられたのが高高度戦略偵察機黒鳥だ。
性能は本物で他の航空機の五〇〇〇メートルから六〇〇〇メートルが実用限界高度の中、黒鳥は最高で八〇〇〇メートルまで上昇できる性能を持っていた。
誰も近づけない空を悠々と飛んで目標を偵察、撮影し確実に帰還するのだ。
だが、忠弥の手に掛かったため、この機体、黒鳥はぶっ飛んだ高高度飛行能力以外の部分はかなりの無理をしている。
高高度飛行を達成するためアスペクト比の以上に大きい主翼に、高高度でも効きが良いように付けられた高い尾翼、空気抵抗を少なくするためエンジンと同じ直径の胴体、放熱性能を優先した真っ黒な機体などだ。
極めつけは、飛行中不要になる車輪を初めから搭載しておらず、車輪を使う必要の無い飛行船からの空中発進、空中収容を前提にしていることだ。
空中空母専用艦載機の疾鷹さえ地上での移動に必要として車輪を付けている。
だが、任務上少数の機体しか不要な黒鳥は地上で専用トレーラーで移動することで車輪を不要とし、地上を自力で移動できない機体にした。
機体があまりにも特殊すぎて専用設備のある基地からしか運用できないこともあってこの方法で良しとされた。
おかげで黒鳥は非常に軽くなったが、補助輪を付け自動車で引っ張られて地上走行試験を行ったとき、あまりの軽さに勝手に離陸してしまった程だ。
このときのテストパイロットは、人生の中で一番焦ったと語っている。
着陸を想定していないため、着陸方法などなく前から降りて良いのか後ろから降りて良いのか分からなかった。
やむを得ず、機体への衝撃を分散させるため、全ての車輪を同時に接地させて事なきを得た。
このようなトラブルがあったが、戦略偵察の効力と重要性を痛感している忠弥の強引な後押しもあり、いくつかのトラブルは解決あるいは戦時下故に無視され実戦投入された。
その姿は細く正式名『黒鳥』の他に『翼付き黒鉛筆』とあだ名される程だ。
だが、高高度飛行運用のために、細い機体に最小限必要な様々な機器を搭載したため、かなり無理をしている。
乗り込むパイロットも自力で機体へ搭乗するのが困難なのもその一つだ。
高度八〇〇〇メートル、デスゾーンと呼ばれる人類の生存が不可能な高度、酸素吸入は勿論高度順応しなければ体に不調、最悪一生後遺症に苦しんだり死に至るほどの高度障害が起きる。
それを防ぐために開発中だった与圧服を緊急採用し高高度飛行の時には着用を義務づけている。
だが強度を保つため鋼のワイヤーが入っており、動きにくい。
そのため介助者が必要で飛行機に乗り込む時、予め座席に座り、そのまま吊りあげっれて乗せるという方式が採用された。
全ては、高高度を飛び偵察するためだ。
敵機にも何者にも邪魔されず目標を偵察し必ず帰還し情報を持ち帰ることを目的とした機体が黒鳥であり、それを運用するのが戦略偵察航空団戦略偵察第二飛行隊、通称黒猫中隊の任務であり、高高度を飛ぶには必要な事だった。
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