第七部 通商破壊戦
第267話 皇国空軍少尉 山本優里亜
「全装備異常なし、点検完了」
機体の点検を終わらせ異常が無いことを機付長に報告すると格納庫の隣にある搭乗員準備室へ皇国空軍少尉である山本優里亜は戻っていった。
扉を閉めると優里亜の報告が届いたのだろう。
飛行船は予定通り離陸を始め床が少し傾く。
発進までの時間が迫っているので優里亜は作業服を脱ぎ飛行服へ着替え始める。
一糸まとわぬ姿になったあと、いつもの飛行用下着、直接的に言えばオムツを履く。
この後数時間かそれ以上トイレに行けないので必需品だ。
履き終わると、任務に必要な特殊飛行服を装着し始める。
蛇腹状に鉄製のワイヤーを縫い込み柔軟性のある強化樹脂が塗ってある強度のある服だ。
動きにくいがこのあとの飛行に必要であり、介助者の手を借りて着ていく。
上下に分かれており、インナーを着たあと下を履き、上を装着、最後にヘルメット。
一見すると潜水服のようだが、機能は真逆だ。
この特殊飛行服は内側からの圧力に耐えるための代物なのだ。
装着すると首の周りをクッションで密閉する。
少し苦しいが、我慢する。自分の物でもあの匂いは強烈で何時間も嗅いでいたいとは思わない。
スーツに生命維持装置を取り付け、酸素吸入と電熱線の機能を確認。
吸気音と体がほのかに温かくなるを確認すると介助者に問題なしのサインを送る。
そして、後ろにある座席に座り、シートベルトを取り付け締めて貰う。
ロックされると、優里亜はロックのボタンを押して解除する。
緊急時に優里亜が解除ボタンを押せるか、押して解除出来るか確認するためだ。
機能に異常が無いのを確認し、再びシートベルトを取り付けられ、他の確認作業も進められていく。
全てが終わり、シートベルトにくくりつけられたまま、格納庫へ向かう。
「寝たきりが通るぞ」
口の悪い男の整備兵が言うと、優里亜はむっとしたが、ヘルメットも被りシートにくくりつけられていては反論も出来ない。
だが悪口を言った整備兵が隣にいた下士官に殴られたのをみて少しは気が晴れた。
体罰を禁止されている空軍だが、仲間への悪口は鉄拳制裁の対象であり許されている。
優里亜はこの二つの点で空軍を気に入っている。
少し気分の良くなった優里亜は、そのままフックで座席ごと吊され乗機の上へ持って行かれると、コックピットへ下ろされる。
機体の中に入りシートをロック。
酸素のホースと電熱線を繋げて機能が維持されているか確認し、整備兵に問題ないことを手信号で伝える。
終わるとフックが外され、天窓付きの天蓋が嵌められ固定される。
後ろでは、空軍士官学校の同期であり今回のペアである中山聡美が同じように機体に乗り込んできた。
彼女も準備が終わると側面の窓から整備兵に準備完了の合図を送る。
機体下方のハッチが開き、支持架が下げられ、飛行船の外へ出て行く。
十分離れたところでエンジンを始動、回転を始める。
エンジンの回転数と筒温に注意してエンジンを暖める。
暖気が終わり最後の飛行点検が終わると、天窓から整備兵に合図を送り、分離して貰った。
機体を徐々に降下させ、飛行船と十分に距離を取るとゆっくりと操縦桿を引いて水平飛行にする。
脇に先に発艦した疾鷹が周りを飛んでおり優里亜の機体の前後左右へ親猫について行く子猫のように移動する。
じゃれている訳ではない。
彼女の機体、黒鳥に異常が無いか目視をしているのだ。
全て異常が無いことを確認すると疾鷹は、黒鳥の横に並び手信号で異常が無いことを知らせる。
優里亜が了解すると、疾鷹は離れて行き、優里亜は当初の飛行ルートへ向かって進む。
途中、空中給油用の雄飛で燃料補給を受けると、作戦行動を開始し機体を徐々に上昇させていく。
本日の作戦高度は七〇〇〇メートル。
連合軍は勿論、帝国軍も到達できない高度だ。
でなければこの戦略偵察機<黒鳥>が作られた意味がなかった。
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