第266話 閉会式
「失礼」
ぐずる忠弥を昴があやしていると声を掛けてくる人物がいた。
「あなたがキャプテン二宮ですか?」
「ええ、そうですが」
通常空軍は陸軍式で陸軍大佐を意味するカーネルが通常だが、洋上飛行を重視している忠弥は海軍式で呼ぶことが多い。そのため一部のメディアでは海軍大佐を意味するキャプテンと記載するところがあり、忠弥の事をカーネル二宮あるいはキャプテン二宮とメディアごとに読者によって階級名が代わっている。
「あなたは?」
「失礼しました。王国代表のフレデリック・レーンです」
水泳200m自由形の金メダリストだった。
「あなたの開会式の展示飛行は素晴らしかった是非握手を」
「ええ、構いませんが」
本物の金メダリストと握手できることに忠弥は戸惑った。
だが、周囲のざわめきも大きくなった。
「カーネル二宮がいるって」
「本物のキャプテン二宮だ」
選手達は全員開会式での展示飛行を会場で見ているだけに忠弥の名前は知られていた。
「是非私も握手を」
「サインください」
「いっ!」
忠弥の元に選手達が殺到してきてもみくちゃにされた。
「って、忠弥大丈夫、きゃっ」
「す、昴大丈夫」
人混みに弾き飛ばされた昴を心配して忠弥は声を上げたが、それが拙かった。
「昴、あのミス島津」
「チェッカーのミス島津だ」
チェッカーの紅一点であり女性初の有人飛行を成功させた昴の名前も忠弥に続いて有名だった。
「握手してください」
「サインください」
「結婚してください」
「するかっ!」
求婚は平手で跳ね返したが、多くの選手が集まってきて二人はもみくちゃにされた。
そこへ入場行進を監督するスタッフが現れた。
「ええ、選手の皆さん、間もなく入場行進が、ってどうしてバラバラなんですか!」
忠弥と昴を中心に人だかりが出来ている事に驚いた。
「並び直してください!」
入場行進は開会式同様国別に順序よく入場する予定だ。
脅威が終わった後の興奮で集団を乱しがちな選手達を苦労して整列したのに忠弥と昴に殺到したためスタッフの苦労は水の泡となった。
「ど、どうしよう。もうすぐ入場の時間なのに」
入場時間は一分前に迫っている。
なのにこの混乱。
整列を整え直すのに前の経験から二十分はかかる。
混乱を収めるにはどれだけの時間がかかるか分からない。
時間は刻一刻と迫ってきている。
上長からは早く入場しろと催促が重なる。
混乱と焦燥からスタッフはストレスの限界に達し、壊れて吹っ切れて怒って叫んだ。
「ええい! もういい! 皆このまま入場して! ほら会場に行った! 行った!」
スタッフは怒りにまかせて叫び、言うことを聞かない選手共を追い立てるようにゲートへその先のグラウンドへ追いやる。
「ちょ、一寸、私選手じゃないのよ。きゃあ」
選手の移動に巻き込まれた昴も逃げ出すタイミングを逃して選手達と一緒にグラウンドへ向かってしまった。
『さあ、いよいよ選手入場です。七日間の力戦を繰り広げた選手達が成果を胸に誇りを持って入場いたしま……な、なんだアレは!』
中継席から実況していたアナウンサーは選手の入場口を見て驚いた。
『各国の選手が入り乱れて入場しております』
予定では整然と国別に選手達が入場するはずなのに、各国入り乱れてグラウンドに入ってきていた。
『各国の旗の周りに様々な国の選手が一緒に入ってきております。あ、あれは潜水の金メダリスト、ドヴァンドーヴィル選手と銅メダリスト、リッケベルク選手です。肩を並べて入ってきております。あちらでは陸上競技リレー金の帝国チームと王国チームが交互に並んで検討を讃え合うように入ってきております。信じられない光景です』
戦争の最中僅か七日間の力戦で交戦国同士のチームが仲良く入ってくるなど信じられなかった。
『おっと、あちらに集団が見えます、中心にいるのは、ああ、二宮大佐です。開会式で展示飛行を行ったチェッカー隊長、今大会では飛び入りでボート競技に参加して皇国チームに金メダルをもたらしました。あれ、もう一つの集団の中心に誰かいます、女性でしょうか。ああ、島津昴さんです。人類初の有人動力飛行を成功させ、チェッカーに参加した女性パイロットです。何故あそこにいるのでしょうか』
「隊長と昴さんが、入場行進に参加しているだと」
来賓席に座っていたチェッカーの残りのメンバー三人が驚き、テストは立ち上がってみた。
「二人だけで目立つなんてずるいですよ。俺も参加させて貰うぜ」
そう言って、来賓席を飛び出すと観客席の階段を駆け下り、柵を乗り越えグラウンドへ飛び降りた。
『あ、いまグラウンドに誰か降りました。アレはチェッカーのテスト少佐です。あ、他の方々も降りて二宮大佐の元へ向かいます。おっと観客もグラウンドに降り始めました』
チェッカーのメンバーが下りるのを見た観客達も後に続けとばかりにグランドに下りてくる。
グラウンドは選手、観客が入り乱れ渾然とした様相を呈していた。
『選手観客入り乱れております。ですが、何でしょう、素晴らし光景です。メダルは勿論、種目も階級も、選手、観客の区別どころか国籍さえ隔てることなく人々が集まっております』
アナウンサーは自分の仕事も忘れて本音で話した。
国、競技を隔てず全員が渾然一体となって笑い合う空間だった。
雑然としていたが、何故か嬉しく楽しい時間と空間を共有していた。
この閉会式も伝説となり、以後の大会では区別ではなく各国入り乱れての入場がスタンダードとなった。
大戦の最中に行われた五輪は名をはせ世界でもっとも有名な大会となった。
しかし、講和交渉は不調に終わり、数日後、休戦期間は終了となり、各国は再び戦果を交えることとなる。
だが、戦火の中でも、戦争が終わった後もこの大会のことは色あせず関係者の胸に残り続けた。
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