第265話 忠弥の競技参加
「どうしてこんなことになったんだ」
閉会式の会場にやってきた忠弥は未だに自身の身に起こっていることが信じられないし、納得していない。
先日の展示飛行は大成功だった。
上空に五輪を描いた曲芸飛行はあ世界でも初めてであり世界中が注目する中、行われたので話題はチェッカーの事で持ちきりだった。
この成功に五輪実行委員会は、閉会式でも展示飛行を行って欲しいと要望を出した。
だが「もう一度やれと言われても成功させる自信が無い」という忠弥の言葉で行われることはなかった。
それでも功労者と言うことで招待を受けたチェッカーは五輪の閉会式の会場に来ていた。
だが忠弥だけは来賓として招待されていた他のチェッカーの仲間ように来賓席ではなく、選手団の中にいた。
「何時までも文句言わないの」
出席を渋る忠弥を引っ張ってきた昴が呆れるように諭す。
「でも」
「メダル貰ったんだから出ないとダメでしょう」
といって忠弥の首から下がり胸の位置で輝く金メダルを指さして言った。
「選手じゃないよ」
「でも競技に出て優勝したんだから出ないとダメでしょう」
昴は嬉しそうに言うが忠弥は、まだ納得していなかった。
事のきっかけは大会開催中、いくつかの競技の観戦と応援に出て行った事だ。
戦時下であり娯楽が少なかった事もあって各国の注目は大きかった。
皇国からも選手団と共に応援団が派遣され観戦している。
特に選手団、観戦客、応援団を運んだ貨客船山下丸の船長池杉船長は、情が深く選手団を盛んに応援した。
船長は船の備品であり出港時に鳴らすドラを持って競技会場に赴き最前列で応援団に一礼してから笛を吹いてドラを鳴らして応援するほど熱心だった。
その話を聞いて興味を抱いてしまった忠弥は、五輪実行委員会から展示飛行のお礼にとチケットをもらっていたこともあって、スフラーフェンハーヘの運河の一角で行われているボート競技の観戦に赴いた。
ボートを選んだのは五輪の花である陸上は観客席が満員で入れず、水泳は競技会場がホテルから遠い。
そこでマイナーな競技を選んだが、凧揚げ、鳩撃ち、綱引きなど本当に種目なのか疑問が浮かぶものが多かった。
そこで観戦者が比較的少なくホテルの近くで行われるボート競技
だがここから忠弥の悲劇、そしてのちに伝説となる喜劇の始まりだった。
「君、一寸きてくれ」
決勝戦前のボートを見ようと皇国の選手団に近づいた時、忠弥は声を掛けられた。
「何でしょう」
そのまま近づいていくと腕を掴まれて引っ張られボートの前に連れて行かれた。
ボートを見せてくれるだけにしては強引すぎて忠弥は警戒した
「ボートに乗ってくれ」
「……え?」
戸惑う忠弥を無視して選手達は忠弥を舵手付き二人ボートの舵首席に乗せ、そのまま運河にこぎ出した。
「え? え?」
忠弥は分けも分からぬまま舵を操作してスタート位置へ。
忠弥が下手な部分は一緒に乗った選手である漕ぎ手がオールを使って微調整した。
「用意!」
何の説明も無いまま審判員がピストルを構えると引き金を引きスタートの号砲が響き渡りボートはこぎ出した。
「え、え! え?」
協議が始まっても忠弥は訳が分からず、舵を握ったままだった。
戸惑ったままの忠弥を乗せたボートはそのまま進み続け、ボート集団を抜き去りトップに躍り出てそのままゴール。
皇国チームが優勝を果たした。
「やったー! 優勝だ!」
漕ぎ手二人が歓声を上げる中、忠弥は最後まで何が起きたのか分からずじまいだった。
真相はボートが戻ってから聞かされた。
皇国チームの舵手が体重オーバーでこのままでは負けてしまう。
競技は漕ぎ手二人と舵手一人の三人。
舵手は漕がない。進路を維持するために舵を握るが舵を切ると遅くなるため漕ぎ手二人の力のバランスが偏らないように指示するのが主な役目だ。
だが漕ぎ手二人は息がぴったりであり、舵手がいなくても問題ない。
要は競技のルールを守るため、舵手を乗せれば良いだけだった。
それもボートが重くならないよう軽い舵手であれば良い。
誰を乗せるか選手団が考えているとき目に入ったのが忠弥だった。
忠弥が小柄なことと、任務でないため気軽に観戦しようと制服や飛行服でなく私服できたこともあり、忠弥を十歳くらいの一般少年と選手達に勘違いされた事もあって忠弥は乗せられたのだ。
こうして忠弥は乗せられ競技に参加、優勝し金メダリストとして会場にいた。
「金メダルおめでとう忠弥」
「すっげー複雑」
閉会式をボイコットしようとしたが昴に手を引かれてこの場にいたのだ。
「もっと喜びなさいよ忠弥」
元気づけようとした昴の声が待機場所に響いた。
そして選手達にどよめきが走った。
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