第264話 凱旋飛行

「こちら編隊長」


 会場から離脱した忠弥はチームに無線を開いた。


「我々チェッカーは任務を全て全うした。飛行は成功した。繰り返す、飛行は大成功だ!」


 完璧な飛行をしたことには自信があった。

 最後にスタジアムの上空を低空で駆け抜けたとき自分達が描いた五輪の下を通り、五色の輪が描かれていたのを、練習では出来なかった綺麗な輪を空に描くことに成功したのだ。

 だが、四人が気になっているのはそれだけではない。

 聞きたくてウズウズしているのか、四機は忠弥の機体に徐々に近づいてくる。

 あのベルケでさえ、編隊が崩れるのも構わず、紅く塗られた機体を忠弥の元に接近させている。

 忠弥も彼らが知りたいことを理解して大声で伝えた。


「飛行は、全て成功! 最大の戦果を挙げたぞ! 会場は俺たちのことで持ちきりだ!」


 興奮気味のアナウンサーが忠弥達の展示飛行をうわずった声で実況していた。

 突如進入してきたときこそ驚いて言葉が出なかったようだが、スモークで柱を描いた時には、飛行の実況を始めた。

 続いて五輪を描き始めると期待にふくらみ、完成した五輪を褒め称え、周囲に現れた金色の紙吹雪に囲まれた姿を絶賛した。

 そして、低空を通過し去って行く忠弥達に惜しみない賛辞を送り続けた。

 碧子のあと、他の代表者が祝辞を述べ始めていたが、会場の興奮は、観客の歓声はマイクを通じてラジオから流れている。

 その興奮に忠弥は当てられて大きな声になった。

 忠弥の喜びにチェッカーの全機は嬉しくて機体をバンク――左右に振っている。

 普段冷静なベルケまで振っているからよほど嬉しいのだろう。

 かくいう忠弥も嬉しくて無意識に機体をバンクさせていた。

 更に、残ったスモークの材料であるオイルを全て使い切るためスモーク装置を作動させ、スフラーフェンハーヘの上空に五色の帯を描き、凱旋飛行を行いつつ飛行場へ向かった。




「帰ってきたぞ!」


 飛行場では整備員が外に出て待っていた。

 全員会場の実況を聞いていたため成功した事を知っていた。

 チェッカーが戻ってくるのを待ちきれずエプロンにまで出てきていた。

 五機の編隊は、忠弥の機体を先頭に、そのまま編隊着陸を行い、五機同時に着陸した。

 彼らの見事な連携だが、既に燃料が底を突きかけており、一機ずつ着陸出来るほど余裕がないのだ。

 事実、着陸直後、エンプロンに着いた途端、五機は全機エンジンがガス欠のため停止した。

 忠弥を始めパイロット達は冷や汗をかいていたが、興奮した整備員達はプロペラが停止した機体に駆け寄り、パイロット達を担ぎ上げた。


「お、おいおい」


 忠弥達は戸惑ったが、彼らの喜びに水を差すのも気が引けたので、そのままなすがままとなった。




「本当に成功して良かったわね」


 整備員達の手洗い祝福と喜びの分かち合いがを会ったあと、昴は忠弥に話しかけてきた。


「でも本当に晴れたわね。どうして分かったの?」

「そう信じる以外に出来る事は無かったからね」


 天候を操る事などできない忠弥に出来る事など、晴れると信じるしかない。

 晴れなかったとしたらそれは仕方ない、と割り切っていた。


「貴方なら雨の中でもやるとか言いそうだけど。雨の中でも飛べる飛行機を作って飛ぶって」

「雨の中だと観客が見上げることが出来ないからやらないよ」


 雨の中訓練するのは演技が見えないし危険なのでしない。

 そこは忠弥も分かっている。


「でも最後はやり過ぎじゃないの?」


 最後、忠弥達は会場の上空を低空で通過した。

 本来の予定では、空にエンブレムを描いた後は、それぞれ飛行場へ戻る予定だったが、忠弥が急遽変更し実施した。


「思いついたんだからやってみた」


 通常ならテストあたりが独断で行うだろう。そして皆釣られるように加わって結局やることになる。

 だから忠弥がやった。


「嫌だった?」

「燃料の針が底を示しそうになっていたから燃料切れで墜落するんじゃないか、気が気じゃなかったわ」

「本当に済まない」

「でも、成功したから良いわよ。最高の飛行だった」

「それはどうも」


 昴の言葉に忠弥は心からやって良かったと思った。




 開会式の飛行は話題となり、チェッカーは伝説となった。

 その日の世界のニュースは忠弥達の飛行一色であり、後日の新聞には上空に書かれた五輪のマークが写真入りで掲載された。

 スケジュールと違うと自分の開会宣言の前に飛行された五輪会長と、美味しいところを碧子に奪われた各国代表が自分の祝辞の時に飛べ、と文句を言って来るほど世界中の注目を集めた。


「もし、長ったらしいスピーチが無ければすぐにでも行いますよ」


 とは各国代表に文句を言われたチェッカーのメンバーは切り返しだ。

 演説が長引き墜落しかけただけに笑顔の中に現れる剣呑な雰囲気に各国の代表者は全員黙り込んだ。

 各国の雑音はこのように揉み消した。

 ただ、帰投時に低空で飛行しスモークを焚いたため、燃焼しきらなかったオイルと色素が地上に降り注ぎ、町の建物を一部汚してしまい、全員で街を訪れ真摯に謝罪することになった。

 だがそれはご愛敬と言ったところで、住民達も笑って許してくれた。

 むしろ、素晴らしい演技を見せてくれたチームのパイロット達を目の前で見れて喜んでいた。

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