第263話 展示飛行

「完璧だ」


 祝辞が終わった瞬間、会場に忠弥は突入した。

 目の良い忠弥の視野には祝辞を終え後ろを振り返って、背後から迫ってくる忠弥達の五機編隊に驚く碧子の姿が見えた。


「ヘッドアップ!」


 忠弥は叫ぶと同時に操縦桿を思いっきり引いた。

 速力が上がり、非常に重くなっている操縦桿だが、力一杯引き上げ、機体を上昇させようとする。

 やがて機体は、上昇を始めた。

 鏡からは離れていく会場が背後に見える。

 会場内の人間は、全員、突如乱入してきた飛行機に驚き、忠弥達に注目している。


「スモーク! ナウッ!」


 会場の注目が集まる中、五機は忠弥の合図でそれぞれ青、黄、黒、緑、赤の五色のスモークを出しながら昇っていく。

 再び鏡で後方を見る。

 全ての機体がスモークを出している。故障して出ない事もあるのでほっとした。

 急降下して速度を上げていたため、垂直に近い上昇でも、速度を落とすことなく、抜けるような青空に向かって上昇していき、空に色を付け天空に向かって伸び上がる五色の柱を空に描いていく。

 編隊も乱れていない。

 トラブルだらけ、加減速が多かったにもかかわらず、皆五機編隊を組んだまま付いてきてくれている。

 さすが自分が見込んだ飛行士達だと忠弥は感嘆し、感謝する。


「スモーク! カット!」


 予定通り、スモークを止める。

 五色の柱が道が、空の中へ昇っていくように描かれた。


「ブレイク!」


 忠弥の指示で、五機はそれぞれ分離して単独で飛行を始め予定地点へ向かう。

 計画通り、手前側の二つの輪に向かう二機は高く上昇、忠弥達、奥側、スタジアム近い三つの輪の担当は低い高度で向かう。

 それぞれ、調整しているのかバラバラだ。

 だが、それは忠弥も同じ。

 位置から速力と高度を調整して自分の定位置へ向かう。

 たどり着くとすぐさま各機の位置を確認。

 忠弥を含め五機全てが、定位置で旋回を始めた。


「スモーク! ナウッ!」


 再び忠弥がスモークを命じる。

 五機は旋回しながらスモークを再び出し空に描いていく。

 全ての機が同じ旋回角を保ち、スタジアム上空にスモークで輪を描く。


「おい! あれは」

「五輪だ」

「空に五輪だ!」


 五機が描いていたのは五輪だった。

 無風状態もあり綺麗な五色の円を描いた。

 各機が一周すると五つの輪が、雲一つ無い青空に綺麗に描かれていた。


「スモーク・カット!」


 描き終えると忠弥はスモークを止めさせる。

 各機、自分が描いた輪を乱さぬよう離脱し、五輪の外側へ向かう。

 そして五機が同じ円周上を飛び始めた。


「コンフェッチッ!」


 そして最後に、忠弥達はその五輪の外側を囲むような円を描きながら、金色の紙吹雪を流した。

 降り注ぐ金色の羽衣に囲まれた五輪の美しさにスタジアムにいた全員が空に見惚れた。


「全機集合!」


 忠弥は五機が集まるよう指示を出した。

 これで全ての飛行は終わり、帰還する予定だった。


「続け!」


 だが忠弥は浴び編隊を組ませると会場に向かって旋回した。


「ダイブ!」


 会場を見つけると操縦桿を押し倒し降下を始めた。

 残り四機も後に続く。

 会場の手前、低高度で引き起こし木立さえ触れそうな高度で飛行し、会場へ。

 そのまま会場を、空を見上げている観客の真上を、碧子の前を横切って通過していき忠弥達は去って行った。




 五機編隊が通り過ぎた後の会場はどよめきに包まれていた。

 空に残された見事な空へ続く五色の柱、その先にある五輪と金色の紙吹雪。

 最後にチェッカー達が低空で通過したときのエンジンの轟音が会場に残り観客、選手達の心を震わせていた。


「忠弥……」


 目の前で見ていた碧子は驚いていた。

 ただエンジンの音を聞いただけで心が強く、前に進もうとした。

 言い切った後、飛行機が飛び込んで来て驚いたが、空高くへ飛んでいく姿に目を奪われ、描く五輪のマークに圧倒された。

 五分にも満たない時間で、ただ飛ぶという行為だけで碧子は、いや会場にいた全員が心を彼らに奪われた。

 そして彼らは演技を終えると、再び編隊を組み、会場の上空を碧子の目の前を通り過ぎ、去って行った。


「ただ飛ぶだけで嬉しくなる。本当じゃのう」


 先ほどまで心が曇っていた碧子だったが、忠弥達が飛び込んできたときには吹き飛び、去った後も爽やかな気分だった。


「くよくよしている訳にはいかぬな」


 碧子の心には忠弥達の飛行機が発したエンジン音が、いつまでも響いていた。

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