第262話 祝辞

『続いて扶桑皇国より皇主陛下の名代として碧子親王殿下より祝辞をいただきます』


 忠弥が迷っている時、ラジオのアナウンサーの声が流れた。


『妾、扶桑皇国内親王碧子は皇主陛下の名代として、皇主に代わり祝辞を述べさせて貰う』


 皇主名代として碧子が開催を記念する口上を述べ始めた。

 その時、忠弥は閃いた。

 忠弥はホテルで練習していた碧子の口上を思い出し時計を見て素早く計算。

 タイミングを見計らう。

 頭の中で何度も計算、手元の鉛筆を使い、チャートで時間計算を行い間違いが無いか確認。

 再び時計を見て、スピーチの文言に耳を澄ませる。

 そして、その瞬間チームに命じた。


「チェッカー全機、続けっ!」


 忠弥は機体を旋回させると会場に向かって突進した。


『古の時代において相争っていた諸国が対立を抑え、戦争の代わりに相争う場として生まれたのが五輪だった。その事は長い間に忘れ去られ、再び相争う世となった。しかし』

「編隊を崩すな!」


 碧子のスピーチはどのような状況でも一言一句一定の時間で終わらせていた。

 上手くタイミングを合わせれば、碧子の祝辞が終わると同時に開会式の会場へ突入、展示飛行が出来るはずだ。

 この後も祝辞と開会宣言が行われるが、そこまでの燃料は最早無い。

 事実上のラストチャンスだった。


『今、ここに復活した近代五輪では再びその精神も復活し、戦争を中断して行われようとしている……』


 ラジオに耳を傾けながら、スピーチが終わる時間を時計で計算しつつ、編隊を予定のコースに乗せる。

 市街地へ突入。時計を見る。二秒早い。

 焦っているのと燃料が少なくて飛行機のスピードが速くなっている。

 忠弥はスロットルを戻して速度を調整する。

 忠弥の機体が遅れ出すが、他の四機も忠弥の機の速度に合わせて減速し編隊を維持する。

 やはり頼りになるメンバーだ。

 忠弥は、再び羅字の実況中継に耳を傾ける。


「おかしいな」


 忠弥は耳を傾けるが記憶にあったよりスピーチのスピードが遅い。

 焦りで遅く感じるのか更にスロットルを緩めスピードを落とす。


『人の意志と文明は時に後退しても再び前進するという希望を見いだせた……』


「拙い」


 碧子のスピーチが止まってしまった。このままではスピーチの途中で突入して台無しになってしまう。




 終盤に入って碧子の心は更に曇った。

 練習よりスピードが落ちていた。

 交渉が不調に終わったことに自責の念を感じている。

 このまま、述べている祝辞が空疎な者に嘘のように思え、口が重くなり止まりそうになる。

 だが、その時、上空から音が聞こえ始めた。

 碧子の心を後押しするように背後から力強いエンジン音を響かせている。

 再び碧子の心は高揚しスピーチを再開した。




『この大会が一時といえど、平穏をもたらしいたことを皇国は、妾は、喜ぶ』


 忠弥はラジオから再び声が流れてきたことに安堵する。

 だが時計を見て凍り付いた。


「やばい」


 市街地から会場へ向かう最終ポイントで四秒の遅延。

 スロットルをゆるめすぎた。

 このままではスピーチが終わった後、間が延びた状態で突入してしまう。

 スロットルを押して加速するが、間に合わない。

 初めて忠弥の背中に冷や汗が流れる。


『そして』


 だがそこへ原稿には無かった言葉入り始めた。




 エンジン音に後押しされた高揚感に突き動かされるまま、碧子は自分の言葉を口にした。


「この一時の平穏が、やがて恒久の平和になる事を願い」




「ダイブ!」


 碧子の言葉が耳に入った瞬間、忠弥は、操縦桿を押し出しスタジアムに向かって急降下し、後続機もそれに続いた。

 スロットルを調整しつつ飛行機は降下により速度を増していく。

 エンジンが激しく咆哮する中、ラジオから碧子の声が明瞭に聞こえる。


『朕は、妾は、第六回近代五輪競技会スフラーフェンハーヘ大会開催を』




「祝うものである」


 マイクの前で最後の言葉を碧子は言い終えた。

 予定外の言葉を述べてしまった。

 国に帰れば叱責を受けるかもしれない。

 だが、碧子は後悔していなかった。自分の思いを伝えたのだから。

 しかし、誰かに褒めて欲しかった。

 その時、エンジンの音が後ろから唸り音を更に上げて、接近してきた。

 振り返ると、青、黄、黒、緑、赤に塗られた五機の飛行機がスタジアムへ、碧子の方へ突っ込んできた。

 飛行機は、目の前で上昇を始め、碧子の上空を通過すると急上昇をはじめた。

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