第261話 緊急発進 だが

『皆様おはようございます。

 こちらは皇国放送協会。

 スフラーフェンハー会場特設スタジオより放送しております。

 明け方まで激しい雨が降っておりましたが、世界中の晴れを集め雨雲を押しのけたような素晴らしい快晴でございます。

 世界規模の大戦が行われる中、この大会のために休戦が結ばれ開催される五輪を祝福しているかのようです。

 あ、いま開会式が始まりました。各国選手団が入場しています』

「チェッカー! 全機飛行準備急げっ!」


 開会式の模様をラジオ放送が北出 清五郎アナウンサーばりの名調子で実況中継する音声が流れる中、忠弥達は大慌てで飛行準備を進めていた。

 滑走路に溜まった水を総出で掻き出し、飛行機の離陸準備をする。


「テスト、飛ぶぞ。今すぐアルコールを抜け」

「無理ですよ」


 深酒をして二日酔いのテストが弱々しく言う。

 ベルケとサイクスは節制したため酔いはないようだ。


「ここで飛べば皆の注目の的で、賞賛を浴びるぞ」

「今すぐ抜きます」


 誇り高い共和国人らしくプライドをくすぐられたテストは体内のアルコールを抜くために激しい運動を始めた。

 深酒した間抜けだが、こうなったらテストはやる男だ。テストはこれで良いとして忠弥は他の準備の確認に入った。


「燃料の搭載急げ! 量を間違えるな! 重い機体だと上手く飛べないぞ!」


 なるべく軽くするために燃料は最小限に抑えている。

 離陸時から軽量にするため燃料は正確に入れなければならない。


「暖機運転始め!」


 燃料搭載を終えた機体からエンジンを点火して暖機させる。


「離陸準備完了!」

「滑走路排水完了! 障害物なし!」

「よし離陸だ! チェッカー全機離陸せよ!」


 準備が終わると忠弥達は慌ただしく離陸を始めた。


「予定地点へ」


 昨日、リハーサルを行いたかったが雨で出来なかった。

 ぶっつけ本番だが、忠弥は実行する事に決めた。

 プログラムでは開催宣言の直後、注目が集まっているときに飛行する予定だ。

 だが、時間になっても忠弥は開始の指示を出さずにいた。


『……チェッカー全機暫く待機だ。上空旋回』


 忠弥から待機の指示が出た。

 いぶかしがっていると忠弥は理由を苛立たしげに説明した。


『各国の祝辞が続いているんだ』


 今回の大会は開催に交戦国の同意が不可欠であり、各国が休戦に同意してくれたから実現できた。

 そのため主要交戦国が祝辞として開会式で演説できることになっていたが、それが長引いていた。

 共和国は中身が薄いのに、やたらと修飾語が多く、帝国は言葉少なだが威厳を見せるためかハウリングが起こる程声を響かせ、スピーチが長い。

 と思えば王国は簡潔すぎて時間が短く、タイミングがつかめない。


「焦れったいな」


 忠弥も苛ついてきた。

 会場と直接交信する通信機がないため、ラジオの実況中継を聞いて会場の様子を忠弥が判断し進入、演技を行うことにしている。

 そのため忠弥はずっとラジオの中継を――長ったらしい各国の祝辞を聞かされている。

 既に予定よりプログラムが遅れている。

 燃料を最小限にして飛んでいる自分達はこのままだと墜落だ。

 かといって再給油を行う為に着陸も出来ない。

 墜落を恐れて着陸して給油を行って再び離陸するには時間がかかり 開会式が終わってしまう。

 軽量化の為に空中給油装置も外している。

 このまま乱入するか、だがスピーチの途中で入ったら邪魔をしてしまい角が立つ。

 遅れるスケジュールと少なくなる燃料を示す針の動きに焦る。

 忠弥は決断を迫られた。




 碧子は沈んだ気持ちで来賓席に座っていた。

 王国の情報通り、帝国は講和を結ぶ気配が無い。

 共和国の態度は強硬であり譲歩する気が無い。

 前夜の講和交渉は不成立に終わった。

 大会が終われば、また戦闘再開、血みどろの戦いが陸で海で、そして空で行われるだろう。

 そのことを知っているせいか各国代表のスピーチはやたらと好戦的で威嚇のためか長い。

 自分の力のなさを見せつけられるようで、心苦しかった。

 五輪の会長は碧子を睨み付けてきていた。

 島津義彦と岩崎寧音が無理なんだいと脅しをかけてきたからだとは聞いていた。

 それまでスポンサーだった王国、共和国、帝国が戦時下のため資金提供を断ってきた。そのため戦場から遠く離れている皇国の島津と岩崎、それとメイフラワー合衆国だけが運営資金を提供してくれたので邪険に出来ない。

 しかし腹の虫が治まらない会長が碧子を睨み付けたのだろう。

 こうしてみると五輪も虚構の催しに見える。

 だが自分も祝辞を述べなければならない。

 前の代表が長いスピーチを終え、碧子の番になった。

 碧子は貴賓席から立ち上がり演台へ、マイクの前へ向かった。

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