第260話 雨降って

「酷い雨だな」


 飛行場の宿舎で外を見ていたテストが吐き捨てるように言った。

 なかなか成功しない展示飛行を成功させようと飛び立とうとしたとき、雨が降り始め中止となった。

 雨が止むまで宿舎で待機となったが、雨脚は強くなるばかりだった。


「予報だと、明日まで雷雨とのことです」


 気象班の予報を相原が報告した。


「何とかならないのか」

「天気ばかりはどうしようもないよ」


 苛立つテストを忠弥が宥めた。

 気象班は天気予報は出来るが、天候を変えることは出来ない。


「こりゃ明日の開会式もダメかな」

「いや、晴れるよ」


 諦めムードのチームだったが忠弥は晴れると信じていた。


「今日はゆっくり休むんだ。今日の練習飛行は中止、全員宿舎で待機だ」


 忠弥は横言うと自室に戻っていった。




「ほっといて良いの?」


 忠弥の後に付いていった昴が尋ねる。


「下手に仲良くしろと命じても、余計にギクシャクするだけだよ。全員目的は共有しているから、放っておいた方が良い。全員成功を願っているんだ。酷いことにはならないよ」

「そう、で、碧子に会いに行くわけ?」

「何で碧子が出てくるんだよ」

「最近色々と会っているようじゃない?」

「空軍司令官と実戦部隊の指揮官が会ったら拙い?」

「それだけ?」

「碧子がどうも元気が無いようだったから、励ましたい」

「よろしい」


 昴は忠弥を褒めた。


「下手に誤魔化すなら叩いていたわ。私も碧子には元気になって欲しいし。で、会いに行くの?」

「いや、どうも予定があるらしく会えないと言ってきたよ」

「ふーん、そうか」


 男が出来たとは思えなかった。

 身持ちの堅い碧子が遊ぶ姿など想像できない。

 何か公務でトラブルがあるのだろう。


「元気づけたいわね。碧子も会場で見るんでしょう。明日の飛行成功させたいわね。この忌々しい雨が降っていなければ飛べるのに」

「晴れるよ」


 忠弥は静かに答えた。


「明日は晴れる」




 取り残された三人の間には沈黙が走っていた。

 この数日一緒に飛行していたが敵味方に分かれて戦っていたわだかまりがある。

 互いに声を掛けずにいた。

 雨脚が更に強まっていく。


「嫌な雨だ」


 不意にテストが呟いた。


「飛ぶのを邪魔しやがる」


 一度も成功していない展示飛行。

 最後の練習と意気込んでいたところに突然降り注いだ雨。

 飛べない苛立ちと今まで貯まっていた不満が混じり合い口から出てくる。


「全く帝国軍並みにいやらしい雨だ」


 忠弥の前では控えていたわだかまりも出てきた。

 しかしベルケは声を荒げることも無く静かに返す。


「ああ、皇国空軍よりも天候は手厳しい」

「……共和国航空隊が劣ると」

「忠弥さん以上の飛行が出来るか」

「そっちが攻めてきたんだろうが」

「祖国の命に従えないのか? それに我々は今はチームだ。パイロットの敵は天気だ」

「確かにな。天気ばかりは敵わない、帝国軍相手にはいくらでも戦えるが」

「同感だ、天気には勝てない、共和国軍に負けるつもりはないが」


 ベルケとテストの間に沈黙が流れた。


「止めだ。忌々しいのは雨なのに、チーム内でいがみ合っていても仕方ない」

「同感だ」

「美味いワインがあるんだが、帝国じゃ飲めないぞ」

「共和国では飲めないビールがある、ソーセージとサラミを一緒に食うと美味い」

「うちのチーズより上手いかどうか確かめてみろ」


 ぎこちなくだが、その日は酒盛りとなった。

 サイクスは二人が喧嘩にならないか心配したが、酔っても打ち解けた二人、雨という共通の敵を肴に夜更けまで話していた。


「たく、本当に忌まわしい雨だ」

「全くだ、最後の練習の機会を奪ったのだからな」


 テストの言葉にベルケは同意した。


「なんとか成功させたかったが」

「本番で成功させるしかないだろう」


 わだかまりはあるが、パイロットとしてこの展示飛行は成功させたかった。

 忠弥の頼み事ではあったが、何時しか彼らも展示飛行に入れ込んでいた。


「だが、この雨だと開会式も降り続けるだろう」

「分からないぞ。何が起きるか最後まで分からないものだ」

「そうか?」


 テストは気だるそうにいう。

 これまで西部戦線、膠着した戦場の上空を毎日飛んでいただけだった。何時までも変わらない戦況に倦んでいた。

 一方のベルケは常に忠弥と全力で、あらゆる面、空戦だけではなく、装備や編成などの面でも激しく戦っていた。

 国力が小さいこともあり、必死に追いつこうと手を伸ばした。

 しかし忠弥の作った皇国空軍は強大であり、勝てない。

 だが、ある局面では勝てることもあった。

 だから、ベルケは針の穴のような僅かな希望を見逃さなかったし、手にする準備を怠っていなかった。


「まあ、確かに晴れると良いな」


 テストは明日も同じ戦場の上空という気持ちが身に染みてしまっていた。

 ワイン瓶を煽るとそのまま寝てしまった。


「起きろ!」


 テストの目が覚めたのは忠弥の大声だった。


「離陸するぞ!」

「……今日は雨で中止でしょう」


 二日酔いで頭の痛いテストは気怠い口調でいった。


「晴れたぞ!」


 まさか、と思いながらテストが窓の外を見ると青空が広がっていた。

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