第259話 交渉挫折

「帝国は戦争を止める気はないのじゃな」

「残念ながら」


 王国の交渉担当者からの報告に碧子はうなだれた。

 王国は諜報活動に優れており、帝国の電文を全て傍受していた。勿論帝国が発信する重要な指示は全て暗号化していたが、王国の情報部は全て解読していた。

 参謀総長が皇太子殿下に宛てた電文も解読されており、その結果を王国の外交担当者は碧子に見せた。

 王国でも極秘に値する情報だが、皇国との同盟強化を優先しての王国の配慮だった。

 先のジャット・バンク海戦で忠弥が多大な犠牲を払い王国大艦隊を勝利に導いたことが高く評価されていたし、航空戦力の有用性を見せられた王国が航空機の情報提供を目論んで皇国に恩を売りたかったからだ。

 現状を知ることが出来て良かったが碧子には辛い現実だった。


「帝国は最早限界なのではないのか」


 海上封鎖により物資が入ってこなくなった帝国は既に戦争できる状態では無く、講和交渉を行えば必ず講和を成立させようとする。

 先の海戦で帝国は連合国の封鎖を破ることが出来なかったことから交渉は纏まりやすいとみられていた。

 実際、交渉を持ちかけると海戦の敗北で意気消沈していた帝国は話に乗り、五輪を口実に休戦に同意し、こうして交渉を行っていた。


「共和国の要求が非常に苛烈で帝国は講和交渉を諦めたようです」


 だが共和国が帝国への懲罰を講和に盛り込むよう要求したため、帝国は交渉に絶望。

 決戦による事態打開を決心するに至った。

 共和国の強硬な姿勢が帝国を追い詰め、帝国を窮鼠にして、破れかぶれの戦いに挑ませようとしていた。


「共和国が要求を取り下げる事はないのじゃろうか?」

「残念ながらないでしょう」


 ウンザリした表情で王国の担当者は言った。

 連合国で一番兵力を動員し損害を受けているのは共和国だ。

 そのため、帝国から受けた損害をカバーする賠償金と領土を獲得することを目的にしている。

 あたかも負け込んでいて次は勝つと意気込み目を血走らせるツキの無くなったギャンブラーだ。

 いやギャンブラーの方がまだマシだ。

 ギャンブラーのチップはギャンブラーの所持金だが、共和国の場合は、自国の国民の命だ。

 しかも皇国と王国を巻き込もうとしている。

 王国も皇国も共和国に巻き込まれるのにはウンザリし始めている。

 だが最大戦力の共和国が抜けたら連合軍は瓦解する。

 そして王国と皇国が勝手に帝国と講和を結んでも、共和国との間にしこりが残る。

 そもそも帝国の条約違反への懲罰の為に皇国も王国も参戦したのであり途中で抜け出すのは戦争の大義名分が果たされず、両国の国内から不満が出て、両国現政権が転覆しかねない。

 今後の外交でも、条約違反を罰することの出来ない腑抜けた国として皇国と王国は見られ侮られるだろう。

 両国とも海洋国家であり交易が産業だ。公益は契約、信頼関係が無ければ成り立たない。

 約束を守らない、守らせられる力がないとなれば契約など無視される。

 正義などない国際社会では相手に約束を守らせる力が無ければ、帝国に侵攻された中立国のように蹂躙されるだけだ。

 結果、皇国、王国、共和国そして帝国も戦争から抜け出せなくなっていた。


「じゃが、妾は諦めぬぞ」


 碧子は王国の担当者に情報提供を感謝したのち、再び帝国との交渉に臨んだ。

 だが、やはり共和国がネックになり妥結しなかった。

 共和国にも条件を引き下げるように依頼したが、「共和国人は悪逆非道な帝国に屈することは決してない。気高き誇りを胸に仇を討つか後を追うのみ」と声高に言うだけだ。

 開会式前日も交渉を続けたが帝国も共和国も歩み寄らず、合意は取り付けられなかった。


「ま、まだ、妾は諦めぬぞ」


 碧子はそれでも講和交渉に望みを繋いでいた。

 だが交渉場所から自室へ戻る時、窓の外を見た。

 外は激しい雨が降っていた。


「明日の、開会式の天気はどうなっておる」

「予報では豪雨とのことです」

「……そうか……」


 碧子は精一杯ひと言呟くと自室への脚を早めた。

 碧子の顔に一滴雨が流れた。

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