第258話 帝国の本心
「講和交渉はどうなっている?」
帝国大参謀本部の会議室で参謀総長は軍務大臣に尋ねた。
「開戦前を最低条件として、交渉するように皇太子殿下には伝えている」
「それは了解している。交渉の首尾はどうなっている」
「共和国が反対している。再び侵攻が無いよう、国境地帯の割譲を要求しているそうだ」
「ふん、欲の皮の突っ張った三百代言どもなどと話すだけ無駄だ」
共和国の政治の中枢である三百人議会は、民主的とされていたが、選挙に勝つために過大なマニフェストを掲げることが多い。そのくせ実務能力がなく混乱しやすかった。
外交交渉では特に酷く、選挙の度に方針が変わるため、他国からの信用は低い。
一度、条約を締結すれば守るが締結するまでが一苦労であり、変更も難しい。
特に戦争に国民全体が熱狂している状況では、世論に抗して講和を締結するなど不可能だった。
「結局のところ、真に国家の将来を見据えられるのは、我らのようなエリートのみと言うことだな」
皇国と王国は民主主義が広がりつつあったが、貴族階級が世論を導いている。
共和国も古の王国の貴族制度を継承しているが形骸化している。
むしろ特権階級の権益保護に使われている有様だ。
「そのような連中と交渉など無理だ」
そのような連中と戦争することを想定、それも先制攻撃することを計画していた参謀総長の言葉を軍務大臣は白けた目で見ていた。
戦争に備えて戦争計画を立てるのはよい。
大規模な軍隊を動かすには事前計画を立てておかないと混乱する。しかも敵の侵攻は待ってくれない。短時間で戦場に急行するには予め計画する必要がある。
しかし、参謀総長の立てた計画は無茶苦茶だった。先制奇襲攻撃に全てを掛けている上、敵の側面を突くために中立国を侵犯するのだから。
そのため、中立侵犯の制裁として王国と皇国の参戦を招いてしまった。
一番恐ろしいのは共和国を撃破すれば帝国の勝利に終わる、としか戦争の終結を考えていないことだ。
途中で講和、停戦することを考えていない。万が一計画が失敗した時のプランを考えていない。
軍人が負けを念頭に戦うのはおかしいが、国家を預かる一員なら想定してしかるべきだ。
だが、軍務大臣も対応できずにいる。
内閣も統帥権の独立のため、軍部に口出しできない。
内閣と軍部を纏められるのは皇帝だけだが、そのような能力は現在の皇帝にはなく、軍部、正確には参謀総長の言いなりだ。
軍務大臣も打つ手がないため、このままでは不味いと思いながらも参謀総長に従わざるを得ない立場だ。
そして、その参謀総長は決戦にしか興味がなかった。
「決戦を行うのか」
「ああ、だが、これまでの損害が酷く再編成と補充の為の時間が必要だ。その時間を稼ぐために出来る限り交渉を伸ばすのだ。皇国と王国は戦争にかり出されてウンザリしているようだ。交渉に乗るフリを見せるだけで十分だ。交渉をできる限り長引かせるよう殿下に電報を打ってくれ」
この時点で講和を成立させるつもりは参謀総長にはなかった。
だが、共和国の主張する国境地帯の割譲など領土保全を第一とする帝国には論外だし、要求している天文学的な賠償金など支払い不可能だ。
しかし、戦争、決戦を挑んでもしても勝てる可能性は少ない、と軍務大臣は見ている。
そして講和の機会は徐々に失われている。
戦争で増える犠牲者のために冷静さを失った世論が、特に共和国が国への厳しい懲罰を、失った多大な戦費と遺族の補償の為に多大な賠償金を求め始めている。
その手の主張は王国や皇国でも増えている。
帝国は身を切り刻んでも講和を締結するべきだ、と軍務大臣は考えていた。
しかし、それを飲めば帝国の国民は、領邦は帝国を許さない、分離独立、帝国打倒の不満が勃発することになる。
結局、参謀総長の言うとおり帝国は、帝国を維持するために今の戦争を継続するしかなかった。
勝てる見込みは殆どない戦争に。
続けるほど終わった後に、僅かに延命した後に、連合国から過酷な要求を突きつけられるであろう地獄の戦争を、多大な命を犠牲にしながら。
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