第257話 ブラッシュアップ

 ベルケの提案で忠弥達チェッカーは燃料を少なくして飛び出した。


「すげえ、機体が軽い」


 テストが驚きの声を上げた。

 分かっていたとはいえ、燃料を予め少なくして飛ぶと機体が軽い。


「げっ、やばっ」


 時計を見ていた忠弥は困り顔をした。


「五秒も早い」


 秒単位で到着時刻を決めているので、遅いのも困るが早すぎてもダメだ。

 元々、皆腕が良いので速い。しかも、先ほどとは打って変わって編隊に乱れはない。

 それでいて予定より速い。


「やれやれ、困った悩み事だな。速すぎるから遅くするなんて贅沢な悩みだ」


 困った風に言いながらも忠弥は嬉しそうだった。

 スロットルを少し緩め、速度を落とす。

 だが、他の四機は忠弥の速度に合わせて減速して編隊を維持する。

 何も言わずに合わせてくれるのがありがたかった。

 本当に彼らを呼んで良かったと思う。

 目標が見えてきた、再び時間を確認する。

 予定通りの時刻だった。


「リーダーよりチェッカー全機へ、行くぞ! ダイブ!」


 目標となる漁船が見え、忠弥が指示を出すと全機が降下を始めた。

 機体に取り付けた鏡で編隊の様子を確認する。全機付いてきている。

 編隊にも乱れは無い。


「ヘッドアップ!」


 十分に降下したところで機首を上げ、スロットを押して出力を上げつつ上昇する。


「スモーク・ナウッ!」


 上昇し始めると同時にスモークを焚く。

 再び鏡を確認、編隊に乱れはない。

 だが付いてこれるようスロットルを微調整して、編隊を維持する。


「スモーク・カット!」


 上昇途中で煙幕をカット。

 空に伸びる五色の柱を描き上げる。


「ブレイク!」


 編隊を解き、各機が定められた位置へ向かう。

 変更したとおり、近くへ向かう機体は高く、遠くへ向かう機体は低く飛び、速度を合わせつつ同じ時間に、配置に付くようにする。

 全機が所定の動きをしている事に忠弥は満足した。そして、各機が位置に付いた。


「スモーク・ナウッ!」


 再びスモークを焚き、煙幕を展開する。

 全機が円を描き始めた。




「ダメか」


 基地に戻った忠弥達は、配置していた漁船からの報告を聞いて落胆した。


「スモークが風に掻き消されていたそうだ」


 送られてきた写真を見ても円が歪だった。


「風に吹き散らされる前に描ききりましょう」


 テストが言った。


「機体を軽量化出来ないか、確認しましょう。使わない燃料タンクを降ろすのはどうでしょうか」

「なら、計器類も最小限で良いのでは」

「速度計と燃料計、高度計ぐらいでしょうか。方位磁石は不要か」


 テストに続いてサイクスもベルケも意見を出し始める。

 その様子を忠弥は黙って見ていた。

 あれほどいがみ合っていたのに、今は曲芸飛行を成功させるために意見を出し合っている。

 敵味方に分かれていてもやはりパイロットなのだ。


「さあ、試してみるぞ」

『おう!』


 全員が声を揃えて返事をすると再び、機体に乗り込み離陸していく。



 その後もできる限り、工夫をして飛行し成功するよう試した。


「上手くいきませんね」


 だが一度も成功せず、ベルケ、サイクス、テストは焦り始めた。


「なに、上手くいくよ」


 だが忠弥は楽観的だった。

 今のチームなら出来ると信じていたし、このチーム以外に出来ないのなら誰がやっても不可能だと信じており、全力を出して失敗しても悔いはなかったからだ。

 チェッカーは熱意を持って訓練を続ける。

 それはパイロットだけでなく整備員の方にも伝わった。

 最初こそ、スモーク装置の故障が頻発したが、整備員が故障しないよう気合いを入れて整備してくれた。


「色を塗ったらどうですか?」

「なに?」


 ある日突然整備員が提案してきて忠弥は驚いた。


「機体を焚くスモークの色で塗るんです。目立つと思いますが」

「確かに目立つな。だが大丈夫か?」


 機体を塗り上げるのは結構時間が掛かるし、重労働だ。連日の飛行で整備をして貰っている整備員の負担が重くなるのは悪い。


「大丈夫です! 皆やる気になっています。整備に支障を来すことはありません」

「分かった、頼むよ」


 整備員の熱意に押され忠弥は許した。

 こうしてチェッカーの機体は青、黄、黒、緑、赤に塗られる事になった。




「忠弥は頑張っているようじゃな」


 忠弥の様子が気になった碧子は、自分の配下を通じて忠弥の様子を探らせた。

 忠弥が開会式で何をやろうとしているのか、知ってしまったが、元気が湧いてきた。


「何としても交渉を成功させようぞ」


 手詰まり気味だった交渉への決意を改めて強いものにした。


「帝国との交渉を進めたい。皇太子殿下と交渉したいと改めて使えてくれ」

「既に幾度も交渉をしていますが」


 忠弥と分かれてからも何度も非公式に交渉を打診し、数回交渉を重ねている。

 しかしやはり条件が折り合わず、暗礁に乗り上げていた。


「それでもじゃ。講和を締結するため、妾は諦めぬぞ」


 碧子は意気込んで言った。

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