第272話 外洋艦隊再出撃

「まったく苦労させられる」


 沢山の苦労に思わず文句が口に出るが、今日はポールのの苦労が報われる時だった。

 完璧とは言えなかったが戦時の修理としては上等のレベルで行われ、ヴァレンシュタインは艦隊に復帰し、今洋上へ繰り出そうとしていた。

 修理が終わっても新たに配属された乗員を訓練する必要があったが、以前からの乗員や下士官が協力してくれた。

 むしろ苦労したのはポールだった。

 艦長代理とは言え正式な艦長が決まっていない中、事実上の艦長として振る舞わなければならない。

 戦死した前艦長の行動を思い描くが、どうも空回りしているようにしか思えなかった。

 しかし、出渠するとき掌帆長が、ポールに艦が洋上に浮かんだら「ウラー」と言ってくださいと言われた。

 戦闘中とはいえ先の海戦で握りこぶしをつくって大声を上げたのはスマートなサイレントネイビーにあるまじき行為であり、黒歴史として封印したかった。

 だが、他に手段がないのなら行わなければならない。

 全ての修理が終わり、再び戦闘可能である事が認められた時、ポールはウラー、と叫んだ。

 すると海戦の生き残りの乗員を中心に歓声が上がり一緒に唱和していた。

 それ以来、乗員達は新たに乗り込んだポールと連帯感を抱いている。

 そのためポールはヴァレンシュタインでの慶事、再び艦隊へ復帰した時、砲撃試験で艦隊一位に輝いた時に歓声を上げることになった。

 しかも歓声を上げる度に熱気は高まっていく。

 自分のキャラでは無いと思いながらも士気が維持されているため続けざるをえなかった。

 止めたいとは思っているが、部下達が特に先の海戦で生き残った部下達、戦火の洗礼を受けて生き残った強者達の受けが良いし、新参の乗組員達も親密にしてくれている。

 なにより司令長官のシュレーダー大将が喜んでいる。

 ポールが好む、好む好まざると思えど続ける事になった。


「全艦全速、前へ」


 ポールはヴァレンシュタインに命じた。

 今回の出撃は、王国と共和国の間を結ぶ航路と、その前の防衛線に攻撃を仕掛け撃滅する。

 不可能でも王国海軍の戦力を引きつけるのだ。

 そして、敵艦隊が来たら損害が出る前に母港へ逃げ込む。

 そのため、艦隊は偵察部隊――巡洋戦艦のみで構成されている。

 支援に戦艦を主力とする外洋艦隊が待機しているが撤退援護に使うのみで決戦は考えていない。

 帝国海軍は艦艇数が王国より著しく劣る分、積極的な攻撃など損害ばかりで戦果は望めない。

 せいぜい、自分より弱い艦艇を攻撃し、状況が不味くなる前に離脱し母港へ逃げ込むしかない。

 以上が作戦の内容であった。

 巡洋戦艦らしい、戦艦の圧倒的火力で巡洋艦以下を撃破し、自分と同クラス以上の戦力に対しては速力を生かして逃げる。

 巡洋戦艦として当然の戦い方だった。

 気楽に行えると思ったが、ポールはそうもいかない。

 代理とはいえ艦の最高権力者なのだから指揮官の孤独を除けば快適と言えた。


「長官、後続艦にも伝えます」

「よろしい」


 この艦での唯一の上官シュレーダーにポールは報告した。

 何故か今回もシュレーダー司令官がヴァレンシュタインに座乗しているのだ。

 かつての旗艦ヨルクも修理を完了し艦隊に復帰していたが、シュレーダーはヴァレンシュタインを旗艦に選んだ。

 艦長代理である自分が信用できずヴァレンシュタインの指揮をとろうというのか。いや司令官は忙しく艦の事に口を挟んでいられない。

 何故なのかポールには分からず、艦隊司令部がやってくることで起きる様々な雑務をこなすことになる。

 しかし、それにしては異様なほどシュレーダーは口を挟んでこない。

 お陰で指揮がしやすいが、なんとも不気味にポールは感じた。

 先の戦いでのポールの指揮ぶりをシュレーダーが気に入ったからなのだが、普段本心を口にしないシュレーダーは理由を説明していないのでポールは要らぬ想像をする羽目になった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る