第254話 碧子の憂鬱

 交渉の席でラスコー共和国は明確に講和に反対した。

 条件に納得出来ないからだ。

 主戦場になった共和国は戦争への恐怖、帝国の脅威が魂にまで刻み込まれていた。


「帝国が再び侵攻しない保証として国境地帯を共和国へ割譲する事を求める」


 侵攻してきた帝国が再び侵攻してこないよう、本国の安全を確保するために国境地帯の割譲を求めた。

 領土欲もあったが、帝国への恐怖が身に染みており彼らにとっては死活問題だった。

 そして共和国は帝国建国時に帝国成立に反対して戦争となり敗北。講和の際に国境地帯を帝国に奪われていた。

 そのため、国土回復を声高に叫ぶ声も上がっている。

 帝国に奪われた地域では共和国の言葉を話してはならない。併合されたその日の正午から共和国語を禁止されたという話が流布していた。

 この話は当然嘘で共和国のプロパガンダだった。

 帝国に奪われた地域の公用語は帝国語だが、共和国語の使用も認められていた。

 だが、国土を奪われた恨みはずっと続いており根深いものだった。


「帝国は領土を守る事が存在意義だ」

「我らも共和国の領土を守る為に存在する。安全保障のために国境地帯を返還して貰う」

「歴史的に帝国の領地だ」

「我ら共和国固有の領土だ」


 ハイデルベルク帝国とラスコー共和国の間がヒートアップしている。

 正確に言えば、国境地帯は古代からハイデルベルクとラスコーは領土を巡って争っており、奪ったり奪い返されている。

 どちらも領有の正統性を持っており、紛争の絶えない地域であった。

 そのことは王国も皇国も承知であり、火の粉が降りかかる、下手に口出しして矛先が向けられるのを恐れて、仲裁に入れない。

 碧子が設定した会談は早速、暗礁に乗り上げてしまった。




「ふうっ」


 ホテルの部屋に戻った碧子は溜息を吐いた。

 結局、帝国と共和国が仲違いをしたため交渉は進まず、後日に持ち越される事になった。


「皆、平和を求めておらぬのか」


 幾人もの戦死者を出している戦争を止めようとしているのに、止めようとしない人間が多すぎる。

 その現実に碧子の心は暗くなる。


「そうじゃ、開会式の祝辞の練習の時間じゃった」


 秘密交渉があるとはいえ、任された開会式を疎かにする事は出来ない。

 失敗しないように毎日同じ時間に練習している。


「ふうっ」


 いつも通り同じ時間でスピーチを終えたが、交渉が難航していることもあり、スピーチにどうも気持ちが入っていかない。


「やめじゃ」


 これ以上練習しても上達しない。むしろ気分が滅入り余計に酷くなる。

 こういうときは静かに過ごした方がよかった。

 寝室の自分のベッドで突っ伏して気分をリフレッシュする。

 ダメなこともあるが、しないよりマシだ。

 だが、寝室に向かおうとした時、忠弥の姿が目に入った。


「おお、忠弥よ」


 忠弥の姿が目に入ると碧子は笑顔になった。


「任務は終わったのか?」

「練習中、少し詰まっているので、気分転換中」

「妾は気晴らしのネタか。まあ良いが」


 自分も気落ちしていたこともあり同じく気落ちしていた碧子は忠弥を歓迎した。


「どうしたのじゃ何か問題でも?」

「いや、飛ぼうとしている仲間が仲違いをしていてね。どうしようかと考えていたんだ」

「空軍内は仲が悪いのか?」

「いや、助っ人を頼んだんだけど。相手がね」

「帝国の者だからか?」

「そうなんだよね」

「……冗談じゃったのじゃが」


 まさか本当に帝国の人間を招いて飛行をするとは碧子は思っていなかった。

 敵国の人間を加えるなどあり得ないが、忠弥ならやりかねず、納得した。


「空軍の者で良いじゃろう」

「いや、腕の良い人間は世界でも少ないんですよ。彼がいないと成功しません。だから招いたんです」

「敵なのにか?」

「ええ、今は。しかし、彼はパイロットです。パイロットは世界を超えて空を飛ぶ同士です。空を飛べば、きっとわかり合えると考えています」


 自信を持って言う忠弥が碧子には眩しかった。

 そして一つの疑問が生まれて問いかけた。


「のう、忠弥よ」

「何でしょう」

「何故忠弥は空を飛ぶのじゃ」


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