第253話 秘密交渉
「此方でございます殿下」
「うむ、頼むぞ」
碧子はホテルの建物の地下へ下りていく。
自然と周囲を警戒した。人に見られてはならない極秘の会談を行うのだ。
案内人について行き、通路の先の扉が開き部屋の中に入る。
「お久しぶりですね。碧子殿下」
「皇太子殿下もご壮健で」
部屋で待っていたのは、かつて聖夜祭の時、飛行機を使って会いに行ったハイデルベルク帝国の皇太子だった。
「再び会えたことをうれしく思います」
「此方もだ」
「ふん、敵と仲良くするなど利敵行為だ」
和やかに話す二人を碧この後ろから付いてきた男が文句を付ける。
「あなたは?」
「共和国交渉担当の者だ」
プライドの高い者特有の無意味な程、背筋を後ろに反らせ鼻息荒く話すのは共和国の外交官だった。
「私は王国の交渉担当です」
もう一人は貴族然とした落ち着きのある王国の外交官だったが、此方も共和国ほどではないが、威圧的だった。
二人とも皇太子殿下に気圧されないよう、敵を打ち負かそうとするような態度だった。
「お二方」
好戦的な二人に碧子は目眩を覚えながらも、話し合いの席に着かせようと説得を試みた。
「休戦が成立したとはいえ敵味方に分かれているが、今我々は交渉、話し合いに来たのだ」
「分かっております。しかし、一時的な休戦に過ぎません」
「ならば、後で存分に戦えるだろう。だが今は交渉、話し合いの時間だ。戦場の代わりに相手を打ち負かす必要などないではないか」
「……失礼」
共和国と王国の担当者は頭を下げて非礼を詫びた。
「早速、交渉に入るとしましょう」
「ありがとうなのじゃ」
碧子は話し合いが始められる事を喜んだ。
表向きは交渉しないことになっているが、交戦国同士が話し合う千載一遇の好機だった。
だが、交渉を纏めるあるいは条件を相手国の上層部に伝えるには、敵味方共に、それ相応の高官で面識がなければ合意は不可能だ。
そこで、非公式ながら聖夜祭休戦のとき皇太子殿下の元へ飛び込んでいった碧子に白羽の矢が立った。
互いに面識があり国家元首の子供同士なので交渉相手としては最適だった。
それに共和国と王国を巻き込んで、なんとか休戦から講和へ持ち込もうと碧事皇太子は考えていた。
四人はテーブルの周りに置かれた椅子に座る。
早速、皇太子は話はじめた。
「帝国は現占領地から撤退し開戦前に戻ることを条件に講和したい」
「さらに賠償金を支払ってもらい、国境地帯を共和国へ割譲して貰う」
興奮気味に共和国の担当者が言った。
この戦争で一番損害を被っているのは帝国との最前線に立たされている共和国だった。
いや、東部戦線で帝国の攻勢を一身で受け止めているルーシの方が酷い有様だ。
あちらはもうすでに絶望的で戦意さえなくなりかけている。
ルーシの国民は厭戦気分が漂い、即時講和を要求。受け入れられなければルーシ現政府の打倒、革命さえ起こそうという情勢だ。
共和国は王国と皇国の支援がある分、多少マシ、殴られすぎて痛みを感じなくなり興奮状態のボクサーといえた。
だがボクサーが流す血はボクサー本人の血だが、国家の場合は前線に立つ軍人、徴兵された国民だ。
「我が共和国の誇りは、仇を討つ以外には後に続くのみだ」
そのため、帝国を打ち負かすことしか頭になく、半ばバーサーカーと化していた。
「王国としてはどうか?」
「中立条約違反を犯したのですから、その制裁を行わなければ示しが付きません」
海洋国家である王国は沿岸国との貿易で成り立っている。
中立国との貿易は重要であり、ここを侵害されたのでは王国の権威と今後の収入に影響する。
今後王国が中立を保障する国への侵攻を食い止めるためにも、見せしめが必要と考えていた。
「皇国としても同感じゃ。しかし、既に十分な制裁を行ったと判断しておる」
「どういう意味ですか」
「既に帝国、共和国とも百万近い戦死者を出している。王国も五十万を超える戦死者を出している。十分に制裁を行い、義務を果たしたと言える。条約を守る為の意思は示されたと妾は見る」
人命をこれだけ浪費してでも守る必要があるか、碧子は疑問だったが、交渉を纏めるためにあえて本心は言わなかった。
「開戦前に戻る。確かにそれが一番良いでしょうな」
碧子の意見に王国が三位を示し始めた。
王国は海洋国家であり、貿易で成立している。
平和な状態、大陸に貿易相手がいれば良い。
そのためには大陸に複数の国が成立し互いに牽制し合い、パワーバランスを保った平和を構築して欲しいのだ。
その点で戦前への戻るのは、かつての平和、貿易が再開できるので良い。
帝国も王国も碧子の意見に賛同しかけた。
「だめだ! 帝国が再び侵略しないよう保証が必要だ」
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